第11話

 ユウイチは、東京駅から、特急「踊り子号」で、到頭、小田原・箱根を超えて、三島まで来た。

 特急踊り子は、三島駅からは、伊豆箱根鉄道になる。

 ユウイチは、少し、思った。

「踊り子」と言われたら、川端康成『伊豆の踊子』を連想していた。

 三島と言われたら、源頼朝が、先勝祈願をした「三嶋大社」が、あるのは知っている。

 ここで、ユウイチは、少し、思った。

 ユウイチは、心の悩みがあった。

 まだ、30歳の会社員だが、最近、ユウイチは、あまり、仕事へ行きたくなかった。

 修善寺まで行こうとしていた。

 仕事では、失敗をし、上司に怒られた。

 また、結婚目前だった彼女に降られた。

 ユウイチは、東海道五十三次で、三島宿があるのは、知っていた。

 よく大学生の時、国文学の講義で、教授が、「今の時代は、せかせかしているが、江戸時代の人たちみたいに、もっとゆっくり歩かないかね」なんて言われて思い出した。

 そう。ユウイチは、もう出家をしようと思っていた。

 だから、修善寺に向かっていた。

 仏門に入れば、何とかなると思っていた。

 そして、特急踊り子から見える田畑の光景を見て、思い出した。

 ユウイチは、そもそも、農家の息子だった。

 しかし、ユウイチのお父さんは、脳梗塞で亡くなり、お母さんも、心筋梗塞で亡くなった。

 ユウイチが、大学を卒業した年に、続けて亡くなった。

 30歳になったユウイチは、もう、親もいないし、一人っ子だから、兄弟もいない。

 絶望の淵にいるユウイチは、「死にたい」なんて思っていたが、どうしたら良いのかとも思った。

 例えば、ユウイチは、何故か、紫式部『源氏物語』を思い出していた。

 そうだ、浮舟は、男性に言い寄られて宇治で自殺しようとしていた。

 だが、助かった。

 しかし、自分は、どうしたら良いのか。

 まだ、平成生まれのユウイチは、悩んでいた。

 もう、仕事を辞めようと思っていた。

 そして、死のうと思っていた。

 その内、特急踊り子の車内で、ウトウト寝てしまった。

ードウドウドウ

 と何やら、馬を引く音が聞こえてきた。

 辺りを見ると、みんな、ちょんまげ姿になっている。

 または、着物を着ている。

 そして、東海道五十三次の絵にあった駕籠かきやら飛脚が、走っている。

「何かの時代劇のセットか?」と思った。

 そして

ー下にぃ、下にぃ

 と向こうでは。大名行列が、見えてきた。

「これ、お主」

 と、ユウイチは、げんこつを食らった。

 見たら、坊さんであるのが、分かった。

 まさか、三島まで来て、こんなお笑い番組みたいな楽しい修行かと思った。

「早く、土下座をせんか」

 と頭を抑えつけた。

「え!?」

 と言った。

「え、じゃないわい」

 と坊主は、言った。

 坊主は、ユウイチより小柄だが、どこか、ユウイチよりも力が強かった。

 そして

「はい」

 とユウイチは、言った。

 そもそも、ユウイチは、学校時代、野球部だったが、レギュラーになれず、先輩にどやされていた。

 そして、「お前は、敬語も使えないのか」とよく殴られていた。

 こんなに殴られるのは、何年ぶりだろう。

 ユウイチは、その頃の罰が当たったのかと思った。

 それにしても夢でも時代劇でも良いけど、酷い夢だと思った。

 さらに、大学生の時、吉野家で、バイトをしていた時、いつも来ている柄の悪い客を思い出した。

 そうだ、関西弁丸出しの大学生だった。

 あいつも、小柄だった。

 あのヤマザキとかいう関西弁丸出しのチンピラみたいな男。

 あいつは、俺の彼女、ミサキを奪ったなとか思った。

 そう思うと無性に腹が立った。

 そして、その時の恨みが出てきた。

 そうだ、ここは、夢の世界だから、誰もいないや、と思った。

 警察に通報されたりもしない。

「おい、お前」

 と言って、恨みから殴ろうとすると

「やあ」

 と柔道の背負い投げを食らった。

「坊主、卑怯だぞ」

「何を言っているか、貴さま!」

 と大声をあげた瞬間に、

 そこらの農家から、一杯。人が出てきた。

「おい、今、切西和尚に何て口の利き方をした?」

 と村の頑丈そうな男が、数名かかってきた。

 ユウイチは、怖い思いをした。

 いや、以前、新宿で、チンピラに数名絡まれた時みたいに怖いと思った。鋭い目で、ユウイチを観ている。

 その内、緊張のあまり、おしっこを、ユウイチは、漏らした。

「この男、小便漏らしてますぞ」

「そのようだな」

「どうしましょう?」

「そうじゃ」

「はい」

「わしの寺で、数日、つるしておけ」

 と、村の若い男女が、数名で、ユウイチを縛った挙句に、三島宿の近所の切西寺の境内にある木に吊るしあげた。

「ああ、助けてくださいませ」 

 と柄にも会わぬことを、ユウイチは、大声で言った。

 懇願した。

 だが、みんなは、吊るしあげたユウイチの下で、今にも、何かしそうな気がしていた。

 和尚は、お経をあげ始めた。

 ユウイチは、死にたいと思っている自分が、馬鹿だと思った。

 そして、その時、ユウイチを縛ったひもが、プツンと切れて

「ああ、もう駄目」

 と思った時

「もしもし」

 と車掌さんが、言った。

「終点の修善寺ですよ」と言った。

 ユウイチは、怖い夢を見たのか、死ぬのを辞めて、東京へ帰ってしまった。

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