第3話
神奈川宿の飯盛り女のきよ、は、今日も、接客が良くなかった。
恐らく、言葉の訛りを聞いたら、上方だったと思う。
「なんや、おまえ、こんなメシしか炊けんのか?」
「何を!」
「お前は、そんなんやから、こんな仕事しかできんのや」
とか訳の分からないことを言う客がうたり
「お前は、今日は、オレの添い寝をしろや」
と言って、身体をやたらめったに触ってくる旅行客がいた。
江戸時代でも、飯盛り女は、大変だと分かる。
飯盛り女になっても、自分の仕事を馬鹿にする客やら身体を目的に触ってくるのもいる。
きよは、「ああいやだ」と思っていた。
きよは、生まれは、相模の国だが、農家の口減らしのために、親が、ここの神奈川宿にやったのだ。
通りからは、お侍さんが
「下にぃ、下にあると言っている。
ーあたしは、今日は、でたくない
と心に決めて、今日は、店から出なかった。
いや、近所のみんなは、出て土下座をしている。
きよは、疲れて、そのまま、そこの座敷でうっつらうっつらして昼寝をした。
「はい、こちらは、横浜市長選で、この度、選挙に出馬した角川党の北川祐一でございます」
と何か、大きな声が聞こえてきた。
「よこはましちょうせん」「かどかわとう」
なんてきよは、言葉の意味が分からない。
ここは、2023年8月の横浜市である。
そう、神奈川宿は、横浜市内にあるから、なのだが、江戸時代の住人のきよは、全く、分からない。
「私は、今の神奈川県の経済を立て直し…」
と言った。
そして、初めて「神奈川県」と言って、頭の良いきよは、「神奈川」と漢字に直したのだが、それよりも、困ったのが、今は、どうなっているのか、なんて分からない。
ただ、部屋の中にいるらしい、と気がついたきよは、「そうか、ここは、部屋の中だ」と気がついたのだが、格好が、とにかく、涼しいような気がしてきた。
いや、きよは、何だか、お盆らしきものを持って
「きよえちゃん、4番さんに、アイスきなこ豆乳ラテを持って行って」
と言われている。
そして、自分の格好を見たら、腕は出ているわ、何だか、脚に張り付いた布を着ているわ、で変な感覚だった。
そして、ここは、2023年8月なのだが、yoasobi「アイドル」が、かかっているのだが、きよは、そんな2023年の曲が、分からない。
「ねえ、きよえちゃん」
「は?」
「ぼっとしてはいけないよ」
と店長と思しき男性が、きよに言った。
ふっと店内を歩いたのだが、きよは、自分の格好を見たら、顔は間違いなく、きよだが、髪は男みたいにショートカットになっているし、胸は突き出して大きくなっているし、また、お尻は出ている。
「4番って、どこですか?」
ときよは、ありったけの声で言った。
実は、きよは、怖いから質問をした。
「あそこだよ」
「はい」
きよは、今、自分が、恐ろしい夢の中にいるのではないかとも思っていた。
あそこには、よく見たら、隣の飯盛り屋の太郎に顔が似ている。
太郎は、いつも夜、きよと会っている。
きよと太郎は、よく夜、神奈川宿の外れたところで、会っては、逢瀬を重ねていた。
きよは、奇跡が起こったとも思った。
神様か仏さまが、会わせてくれたと思った。
外では、角川党の何とかが演説をしている。
そして、この2023年の夏の暑さは、こたえる。
江戸時代にも、蝉はミンミン鳴いていたのだが、2023年の蝉も異常だ。
「はい、。アイスきなこ豆乳ラテになります」
と言った。
きよは、太郎に似ていると思っていたのだが、違う。
そう思いたいだが、違っている。
そして、太郎ににた男性客は、出て行った。
美味しそうに、アイスきなこ豆乳ラテを飲んで帰って行った。
よく見たら、ここの店長は、神奈川宿の隣の宿屋の亭主に似ている。
また、通りにいる角川党の何とか、とかいうはげた叔父さんも、今日、大名行列で、来ていた殿様に似ている。
そして、きよは、今の時代が良いと思っている。
や、何だかな、とか思った。
2023年の令和の日本とそれとは別の江戸時代の日本は、どっちが良いのかとも思っていた。
店内を見たら、みんなは、何か小さい得体の知れない箱に目をやって夢中になっているし、また、箱に向かって、会話をしている。
何だか変な感じがしてきた。
あんな小さな箱で、会話をしているこの人たちは、一体全体、何だろうか?
小さい頭で、一生懸命、きよは、考えたのだが、分からない。
客が、どんどん入ってくる。
「きよえちゃん、5番さんに、カルビセット、一つ」
とか言われて運んでみた。
何だか、甘ったるい匂いがして、少しだけ、きよは、お腹が鳴った。
美味しそうだと思った。
そうだ、ここは、夢の中だから、食べても良いや
と一口食べた瞬間に
ー下にぃ、下にぃ、と声が聞こえてきた。
「きよさ」
「はい、今日は、いのししの鍋だよ」
さっきまでの時間は何だったのか?そして、お侍さんは、そのまま過ぎたのだった。
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