東海道五十三次の人たち
マイペース七瀬
第1話
「下にぃ、下にぃ」
ここは、江戸日本橋で、今、どこかのお国の殿様が、大名行列で、家臣を従えて、江戸までやってきた。
「ああ、おっかねえから、早よう、逃げるぞ」
「ああ、今日も、怖い人が来たな、怖いから、逃げるぞ」
と江戸日本橋の人たちは、逃げている。
どこかの殿様が、東海道五十三次で、江戸日本橋まで来ている。
そこで、魚を売っていた商売人も、大工仕事をしている職人も、逃げて行った。
そして、犬たちは、警戒をしているかのようにワンワンと吠えている。
江戸日本橋に住む与太郎は、こうして「ああ、嫌だ」「ああ、嫌だ」「こんな時代は、嫌だ」と思っている。
江戸時代、士農工商で、身分制度が、きっちり決まっている。
どうして、庶民の俺たちは、あんな侍さんに頭を下げないといけないのだ、と思っていた。
空を見ると、明るく晴れている。
そして、そこの日本橋には、多くの舟が行きかっている。
どこへ行くのだろうか?
いや、分からない。
奥州街道、日光街道、中山道、東海道、甲州街道、なんてあって、ここは天下の江戸に色んな人が来ている。
時々、色んな国の言葉もあって、たまに、上方の言葉を聴いたら、かっとしそうになるが、だが、女性は、江戸より良いような気がしてくる。東男に京女、なんて言うが、と思っている。
そして、通りでは、大名行列が、過ぎて行って、子供たちが、ワアワア騒いでいる。
子供たちが、チャンバラごっこをしている。
「えい」
「やあ、江戸藩の槙之助の勝ち」
なんてしている。
子供たちは、木で作った刀で、それは、おもちゃではあるが、遊んでいる。
江戸藩なんてない。
「大坂藩の与一の負け」」
なんて言っている。
大坂藩もない。
古今東西問わず、子供たちは、無邪気で、やはり、自分たちで、空想の世界で遊んでいる。
与太郎は、今の時代が、好きになれない。
オレは、お侍も好きではないし、子供たちも好きになれない。
だが、そんな天野弱な彼だから、親戚は、「日本橋に住む与太郎は、変人だ」と言っていよいよ相手にしなくなり、仕事だって、なくなり、今では、講談師になって売れないながらも、話をしている。
講談師になって、何とかご飯と住むところには困らないお金はあるのだが、だが、寂しいあまりに、こうしたひねくれものに成り下がった。
今では、講談師になって、師匠の光の介が、「与太郎も、嫁を持て」と言って、「京から来たおきんと一緒になれ」と言っているのだが、現実は、気が進まない。
「おれは、こんな時代は、嫌だ」
といつも不貞腐れ言っている。
そんなある日、仕事が終わって、帰ろうとしていた。
品川で、仕事が終わって帰ろうとしていたら、
大名行列が、木て頭を下げていた。
すると
ーコツン
と与太郎の頭に、石があたった。
そして、意識不明になってしまった。
与太郎も「オレは、いつもお侍さんの悪口を言っているから、こうなったのか」と思った。
そして、与太郎は、目が覚めた。
…
ふぁああん。
何だか、大きな箱物が動いている。
凄い速さで、移動している。
馬より早いではないか。
そう思っている。
与太郎は、それまで、お台場から船が移動しているのを、観ていたが、何か分からない。
「あれは、何だ」
と思った。
「品川。品川でございます。この電車は、快特三崎口行きでございます」
と現代のプラットフォームからアナウンスが、流れた。
しかし、与太郎は、
「品川。品川でございます。このでんしゃは、かいとくみさきぐちいきでございます」
と上手く漢字に出来なかった。
肌の色は同じ、黄色。
だが、与太郎が、生きている時代の衣装とまるっきり違う。
髪型も違う。
そして、馬より早い赤色の箱は、丸い車輪のようなもので、動いて言った。
与太郎は、全く、理解ができなかった。
ここは、2023年7月の京急品川駅である。
さっきの「箱」は、京急快特三崎口行きを指しているのだが、与太郎は、理解ができない。
与太郎は、お侍がいないのか、どうか、と思った。
時々、東海道五十三次を行き来するお侍が、いたら、土下座をしないといけない。
しかし、それらしき姿はない。
女性と思しき人たちは、みんな、臍を出したような衣装を着ている。妙な感じだった。
そして、一人の男が、スマホで、カシャカシャと何か音を立てて光を発している。
鉄砲だろうか?
与太郎は、身構えた。
怖いと思ったが、そうではない。
「面白いや」
「コスプレ?」
「は…?」
「クオリティ高い」
と言ったのもいた。
若いスキンヘッドの男と、ショートカットの女性が、叫んだ。
「お殿様だ」
「は?」
「いや、オレは、殿様ではないぞ」
「いや、ちょっと待てって」
「何?」
「写メを見て」
と言って、スマホの写メを見た。ちょんまげで、浴衣を着ている与太郎が、いた。混乱して与太郎は、相手の男に「何をした!」と言って殴りかかろうとした。横のショートカットの女性が「やめて!」と言って、女が、拳骨で殴った。
ー痛い
目が覚めたら、大名行列が、そこから離れた東海道五十三次を下って行くところだった。どうも、川崎まで行こうとしているらしい。今日の多摩川は、雨が降ったから、足止めか。
与太郎は、さっきのは、夢だったのか。やはり、殿様も楽ではないな。大名行列が、来たら土下座が良いと初めて反省をし、それから、暫くして、嫁のおきんと一緒になったらしい。<完>
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