治療

よく見れば浅間あさま殿のすそにも泥が付着ふちゃくしている_____、


息もえになりながらもくすり調合ちょうごうしているところを見ると

本当にあわててしてきたのが伝わる。


こちらが話しを掛ける前に浅間殿は準備が整ったのか治療に取り掛かる。

その手際は見惚みほれるほどにあざやかで無駄が無い_____


まばたきする傷口きずぐちくすりめ……

まった物怖ものおじする事無く傷口を針と糸で縫合ほうごうしていく、


深い裂傷れっしょうの場合ただうのでは無く

軟膏なんこうや薬草、清潔せいけつあさの布で傷口へ押し込み埋め

わざと瘡蓋かさぶたを作る

そうする事で血は止まり皮膚が再生する。

医療いりょうでは基本だが、

心得の無い一般人では先ずしようとしない。

本人なら傷口に異物いぶつ押込おしこむのは激痛げきつうを伴うし

何より怖い。

それは治療する人も同じだ。

それ故にそれができる医者はとても勇気が要る_____。


大の男でも傷口をい合わせるのには気付けづく者も居ると云うのに、

り返し同じげんを重ねるが見事な迄にあざやかな手つきであった。

思わず見とれている手当てあては終わり傷口に焼酎しょうちゅうけて、……。

行きなりの事で正直しょうじき吃驚びっくりした_____。


漢方医かんぽうい……では有りませんね、

女性の身で御典医ごてんいは無いでしょう、蘭学医らんがくいですか?」


"御典医ごてんい"とは、

幕府ばくふ要職ようしょくの一つで

典薬寮てんやくりょう、即ち江戸幕府えどばくふ専属の医療機関いりょうきかんに所属する医者であり

いては将軍しょうぐん御用達ごようたし

将軍しょうぐん専属せんぞく主治医しゅぢいを指します。


素直な好奇心こうきしんからの質問だが、

まず奇異きいの目で見られたと思うだろう、

この時代では蘭学医らんがくい蘭学者らんがくしゃ夷敵いてきに見られる。

何故なら蘭学らんがくの中には解剖学かいぼうがく

当時の言い方なら腑分ふわけふわけと呼ばれ、

土葬どそうが一般的な理由の内に火災を防ぐ目的とは別に

人としてほうむるに当たり人としての形のままに送る事が死者に対する礼儀で在り心情だからだ、

検死ですら遺体の状態を診るだけで傷を付ける様な事はしない。

武家ぶけなら心得こころえとして刀傷とうしょう治療法ちりょうほうを習う事もあるが女性が習う事は無い

別段べつだん治療ちりょうの中に蘭学医らんがくい術式じゅつしき小刀こがたなを使ったり切り分けたりした訳ではないが

どことなく教会の近所にある蘭学医の手つきに似ている様な気がする、ただそれだけなのだが_____


「おしゃべりが過ぎますね___、

黙して語らず、剛毅朴訥ごうきぼくとつじんに近し___

古人こじんいわ寡黙かもく美徳びとくとするのが男のたしなみと父から聞いています。

貴方あなたはそうとは思いませんか?」


つまり何が言いたいのかと言うと、詮索せんさくするな_____。

と言う事だろう理由としては面倒だからか?

思う処が有るからなのか、だがえて言うなら


「知らず聞かぬは一生のはじ

外聞がいぶんかんせず聞くは一時いっときの恥で済みます。

迷惑めいわく承知しょうちでおたずねしたい_____。

後学こうがくためうかがいます、

その技術は何処どこたものですか?」


浅間あさま殿は……はぁ、

嘆息たんそくをつき

半目はんめでじろりと睨み_____

あぁ…面倒臭いだけなんだな、

と判る悪態あくたいをついてから。


薬草やくそう調合ちょうごう祖父そふからです、

縫合ほうごう技術は参拝さんぱいに来る南蛮なんばん商人しょうにんからおそわりました」


さらに、と聞こうと前に乗り出すと予期していたであろう、てのひらを突き出し___


「このはなしはこれでおしまい、

詮索せんさくぎればただの迷惑めいわくです」


と_____。

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