不識覚者

我が家_____。

くすのき家は足利あしかが将軍家しょうぐんけの時代に廃れ

家禄かろくは召し上げられ、浪人をしていた頃に

当時の近衛家このえけに家人として仕え、

代々だいだい楠家くすのきけの当主は近衛家このえけに出仕する事を習わしとしてきた。

そして現在の近衛家の当主は近衛道隆このえみちたか一昨年おととしの春に当主になられた。


楠家の現当主は私の父でくすのき垣成つねしげ

来春らいはる隠居いんきょされ

私、楠国重くすのきくにしげが当主となり近衛家に出仕しゅっしする予定でありました。

近衛道隆様の乳母めのと兄弟でもある私は

出仕する前として昨年さくねん道隆様が当主となった時に

主従の誓いを行ったのである。


道隆様からも母方の親戚宅に弟や従兄弟がいて

今度紹介するといった内容は

今までに何度も聞いた事は在ったが

実際に顔を合わせたのは以前私の元服式で

烏帽子親えぼしおやでもある道隆様の随伴ずいはんで出席して頂いた時に

文隆様や従兄弟方も居られたと覚えてはいるが、

正直その日にしか会っていなくて紹介もされたけど

直ぐに母方の親戚宅に帰られてしまって、

今更正直に言って良いものなら

文隆様や従兄弟方の顔は全然覚えていない。

まことに申し訳ない事ながら_____。


ただ、何度思い出しても浅間殿と言う名にはまるで心当りが本当に無い。


「浅間殿と言う方についてご説明願えますか?

私には知り得ない事です」


向かいの御仁は一つうなずいてから会釈えしゃくを送り、

「直に聞かれればよろし、

事の起こりはご理解戴いてるモノと存ず」


事ここまで及んで自身では語らず、

いや、語れないのか?

考えあぐんでも仕方がない、

ならばせめてもこれだけは

尋ねなければ成らない事だけは聞き出そう。


「では、せめてご紹介頂けますか?

私は面識が有りませんので」

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