婚約者

御仁ごじんは目をせて語り始める。

「そこにおわされるは、我が兄、近衛道隆このえみちたか婚約者こんやくしゃ浅間あさま朔月姫つきひ様である。」

その声は低く、忌々いまいましくつむがれる___。


十日前とおかまえ伊勢いせ神前しんぜんにて

おこなわれた婚姻式こんいんしき直前ちょくぜんになって抜け出し、

近衛家このえけどろ

さらにはあに道隆みちたか寵愛ちょうあいを受けながらも、

それを利用し………」


言葉を中断する声が上がる、

言うまでもなく浅間あさま殿が悲鳴ひめいにも似た否定の声を上げ、話しに割り込む____。


勝手かってを言わないで!

私は利用なんてしてない。

ただ、今はまだ結婚して家に入るのが納得できないだけで_____」


ここでもまた、割り込みが入る。

両者に譲れない一線があって

おたがいに一線が交差しているが為の言い合いに成っている様に私には見えた。

一つ言えるのは、私が仕えている主が絡んでいる一点に於いて

無関係とは言えない。


つまり、私も事の当事者であると言う事になるのでしょう。


「納得できないから何だと言うのです、それで逃げ出して、近衛家の家門かもんに泥を塗った事が帳消ちょうけしになると?!」


段々と声が荒々あらあらしくなっている、

危険な兆候ちょうこうだと経験上知っている、

何せうちの母も直ぐに癇癪かんしゃくを起こす癖があるから


「逃げ出すって何をよ!

私はまだ結婚はできないって、」


言葉につまる、同じ事の繰り返しになり始めたからだろう。

同じごとが続くと言い合いとしては負けになる、

少なくとも言い勝つ事はできない。

婚約こんやくおこない、

婚姻式こんいんしき当日に式場から抜け出す事は逃げだしたとは言わないのですか!?

それに婚姻は近衛家このえけ浅間家あさまけ両家の取り決めの下に約束されたもの、

それを貴女あなた身勝手みがってな行動で反故ほごにして良いと御思おおもいなのですか」

さとようにも聞こえるが実際のところ

ゆるす気なぞ最初からなく

ただ追い詰めたいが為にののしっているいる様にも聞こえる文言もんごんを連ね、

力無ちからなくも尊厳そんげんを見せる様に浅間あさま殿は言い返す、


「確かに式場からは抜け出したけれど、反故ほごにしたわけじゃない…、

それにさっきも言ったけど私は道隆みちかたさんの事は好きだけど、

だからって今は未だ家に入るのにはやり残した事があって、

それが終わるまではまだ独り身でいたいだけ!」


浅間殿が言葉をかさねるごと文隆ふみたか殿の表情がけわしくなっていくのは

どちらも自分中心じぶんちゅうしんの考えにっているからなのだろう___。


浅間殿は自分のしたい事の為に。


文隆殿は近衛家の面子めんつの為に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る