猫に鈴、犬に首輪を

月はかたむ草葉くさは言止ことや丑三うしみどき

夜陰やいん夜露よつゆ

きりやみをより深くする。


館内の一室、

旅館の主とさらわれかけた女性と

乱入者の男が二人、今は捕らわれ詰問きつもんを受ける。

外に共謀者きょうぼうしゃは居るのか?、目的は何だ?

いくら問い掛けても暖簾のれん腕押うでおし、馬耳東風ばじとうふうどこかぜである。

このままではらちかない、

苛立ちも積るばかりだ。

で、有るからこそ苛立ちそのままに男の覆面ふくめんる___。


顔を隠すのは知られたくない理由わけあってこその行動だろう、

今まで何の反応も示さなかった男だが

流石に剥ぎ取られた時は抵抗を見せた、

だが結局は無益むえきな抵抗である。

たいした妨害も出来ずに覆面は剥ぎ取られた。


我が目を疑うとはこう謂う事を言うのかと

今ほど実感した事はそうは無い_____。


「何故、貴方がここにいるのですか!?」


二階で寝ているはずの御仁が無様に縛られて座っている、

先程みた貫録かんろくは今は無く、

不遜ふそんな態度のみがそこに在る。


疑いを確証かくしょうつなげる為にもう一人の男の覆面もやぶり取る、

間違い無い、もう一人のよく話しを返してくれた客人だった、


理由りゆうくらいは聞かせていただけますか?

このまま番屋ばんやに引き渡されれば間違いなくさらし首か磔刑はりつけになってしまいます。

そうなっては理由も聞けなくなってしまいます」


私にはただの人攫ひとさらいや物取りにはどうしても見えなかった、

人を敬服けいふくさせる威厳いげんうものは一朝一夕いっちょういっせき血統けっとうのみで身に付くものでは決してない、


ましてや下忍げにんに身を落とすなぞするくらいなら舌を噛み切って自害する方がかなう。


威厳を持つ者で有ればそれは共通認識、暗黙あんもくの了解の内に伝わるものの筈だ。

そうで有れば有る程に二人の行動がまるで理解できない、事これに至っては問い正さねばならない案件である_____。


くすのき殿に問われるまでも無く、

むしろ問われる以前に何故なぜ我等われら浅間あさま様の事を耳にいれ無かったか、

まずそちらから問わせて戴く」


目だけでなく、耳も疑いたくなってきた、

今この御仁は何とおっしゃった?


くすのき殿”?、“我等”?“浅間あさま様”?、


私はまだどちらにも名を名乗っていない、

ましてや初対面の筈だ、


「もしや、私の事を覚えていない?」

柿渋装束の御仁は問い返してきた、


「私は近衛このえ家当主、近衛このえ道隆みちたかの弟、近衛このえ文隆ふみたかである。

楠家の主家しゅけぞ」


言われて青ざめる、弟の文隆ふみたかの名におぼえは無いが

兄の近衛道隆このえみちかたは間違いなく我が楠家くすのきけ主家しゅけで在り、

私が今生こんじょう主従しゅじゅうちかった相手にほかならない。

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