夜更

意図的に返してくれているのであろうか、

それとも、と目を端に寄せ隣りの客人を見る……

苦笑くしょうしている。

そうか、この御仁は___

おもしろい御人なのだな……いや、

違う気がする。

なによりもく考えて思い起こせば話が一方通行過ぎる。

隣りの御客人だけが話しを整え

私と御仁が話しをぶつけているだけに思えてきてならない、理由は告げられないがそっと客人に頭を下げた。

御馳走ごちそうになりました」

言い終える御仁の手元を見て私と客人は我に返る。

御仁はいつの間にか食事を終えていた。

私と客人は目を見張るばかりだった、

「長らく御邪魔を致しました

私はこれにて失礼致します、御入り用の際はいつでもお声掛け下さいます様御願い致します」

そう言って話しを中座ちゅうざした。

これ以上は本当に長居に過ぎると本能で確信したからだ。

部屋を出て廊下の窓から射す月明つきあかかりを見てつい、

「きつね~」

影絵かげえで遊んでみたくなった。

次々とうさぎいぬちょうきつね小窓こまど

等々とたわむれる、一人で。

「……」

咳払いを一つ急ぎ足で階段を降りる。

半刻後、膳を下げに二階の御客人の居る部屋へと足を運ぶと膳は襖の外

廊下へと並べられて恐る恐る襖に耳を当て寝息を確認する、

「……、……ン」

声を掛けては邪魔に為るであろうと、中を見ずに膳を下げて調理場へと帰る。

おおよその上刻(午後十時頃)だろうか

この時間になると起きている者はそうは居まい。

食器洗いに三組分 内一人は女性の朝餉あさげの仕込みを手早く済ませ、

個人的な夜食やしょくを用意する。


焼いた握り飯にいわしの削り節からとった出汁をかけ、細く刻んだ大葉をのせた猫まんま。

最近は冷えるし、ひたひたの出汁をすすり

焼いた握り飯は香ばしく胃を満たす。

そしてそのまま夢見心地ゆめみごこちから舟をぐ。

こんな事が最近の楽しみですらある。


夜食を持つと一階の館主かんぬし部屋へと歩く……

普通この時間に起きている者はいないと思う。だが、そこに女性は立っていた。

「……すみません、私も頂けませんか?」


うん、そうだと思った、そう言うと思った。


だってこの人は夕餉ゆうげを食べる前に寝てしまったのだから、

幸いと言うべきか___

この場合の幸いは誰の為の幸いかな?

夜食は多めに二人前は有る。


女性部屋へと夜更けに男が向かうのも夜食を届けるのも本来なら行わない事だ、

であれば……仕方がない、

「ではこちらへとどうぞ、今御用意致します」

館主部屋へと通す。


国重くにしげは女性に部屋で待っていてもらう様伝えると

調理場から椀と箸を持ち出し急ぎ足で部屋へと駆け足で向かう。


「お待たせ致しました」


そう言って部屋に入ると女性は正座から足を崩して壁を背もたれにして___

うっつら、うっつら、と。


微睡まどろんでいる、

この短時間で……まだ部屋に入った私に気付いてない?


なぜだろうか、途轍とてつもない嗜虐心しぎゃくしんに駆られるこの寝顔。

「……あ、……ん。」


正直なんと声をかけようか、どうも巧く声にできない。

「お待ちしておりました。」

いきなり?

いつ起きましたか!

と叫びたくなるほど驚いた。


気が付けば女性は半目でこちらを見ている、いや、覗いているようだ。


「此はこれは、お待たせ致しました、」

ねっとりとした汗が止まらない………特に背中と脇から、


「いかが致しましたか?私は待ちわびていときません。さぁ食事にしましょう」


こう言う時の女性のしたたかさ、

特にの強さ は全国共通なのであろうか、

総じて自覚も認識もしていなさそうな辺りが強かさ、なのでしょうか___


自問もそこそこに椀に盛り付けて二人前のぶぶづけを食卓にならべて席に座り

いただきます、と箸をとる。

そろえるつもりは無くとも声がそろってしまうのは不思議なものと感じてしまう、

初心うぶこいな』

と我ながら恥じてしまう、目元をつねり意識を定め飯をすする。

女性は食べ終えると箸を揃え

「ご馳走さまでした」

と手を合わせてこちらに言い、

「お粗末さまでした」

と私は返す。

湯飲みに二人分のお茶を淹れ米菓子をつまみながら一服………。


ふと女性は思い出した様に話し掛けてきた、

「改めて、ご馳走になりました。

夜半やはん空腹すきはらで目を覚まし戸の向こうからただよう香ばしいご飯の匂いに誘われて、

はしたなくも食事を要求してしまうなど___

今にして思えば恥ずかしさのあまり身を焦がしてしまいそうです。」


本当に恥ずかしいと思っているのが見ていて伝わるほどにほお高揚こうようし耳まで赤く、

両の拳しは小刻みに震えている。

せめて、その様な事は無いですよ。とでも言えれば良いのでしょうが、

私には___


「一人で食べる食事は味気ないものです、

こうして一緒に食べて戴ける方が居るだけでも私はとても嬉しいです」

どうしてこう、私は自分目線の自己中心的な物言いしかできないのかと、

こんな時ほど思う事は無い。


女性は恥ずかしそうにお礼を言い、国重はすまなそうに答えていると……、

襖を開閉かいへいする様な引きずる音が聞こえる。


まぁ、落ち着かない時ほど周りの音は敏感に聞こえるものだな、と思う。

ん?最初は疑わなかった、襖の開け閉めなんて特に不思議に感じる事でもない、

ただ、場所が二階からでは無く一階の北側、

それも厨房かと耳を澄ましながら考える。


厨房は襖ではなく戸板で音が明かに違う筈。

一階の北側で襖が有る部屋は奥から今目いまめの前でお茶を啜っている女性の部屋と南隣りの空き部屋の二部屋のみ。

襖の開閉音はあの後からは聞こえない、

聞き耳を立てる私が余程気になるのでしょう。

若しくは不審ふしんに見えるのでしょうか、

女性は目を細めて私をみて

「お夕飯ありがとうございました、私は部屋へと戻ります」


と淡々と言い終えると正座から半歩下げてするりと立ち上がり

一歩二歩と歩く女性に手をかざして制止をうながす。

明かに外の様子がおかしい、

北側の部屋は厨房を含めて三つ、でも襖が開閉する音は一つだけ。

部屋の向いに面している厨房の戸を開く音は無い、

物取ものとり(泥棒どろぼう)にしては不可解な行動。

そして、うちの旅館が古くて良かった?

床は歩けば軋み小さいが音を上げる、

すり足で南隣りの部屋を通り越し真っ直ぐに南へと歩いて近づいてくる。

南に向けて歩き奥に有るのは館主部屋と二階へ続く階段の二つ、

「部屋の奥へ、すみませんが説明はのちほど……」

小声で女性に耳打ちする、が言いかけて女性を部屋奥へやおくへと突き飛ばし、

卓袱台ちゃぶだいふすまへとり上げ卓袱台の裏にしのばせている脇差わきざしを抜き身構みがまえる。


足音あしおとが変わった!

すり足から駆けかけあしになり床を蹴り前へと飛ぶ音が聞こえて

咄嗟とっさ条件反射じょうけんはんしゃ身構みがまえてしまったからだ。

……後で女性になんと詫びたらいいのだろうか、

全部泥棒が悪いんだ、そうに違いない。

以上、女性を突き飛ばしてから身構えるまでの逡巡しゅんじゅんに二秒半___


ふすま蹴破けやぶられ

柿渋かきしぶ装束しょうぞく覆面ふくめんの男が二人ふたり乱入らんにゅうして来た、

正直油断しょうじきゆだんもしたし、

驚きもしてる。


相手は一人だと思ってた、

そしてただの物取りか強盗ごうとうだと思っていた、

それが全部読み違っていた為に窮地きゅうちに立たされ私は部屋の入口をふさぐ様に牽制けんせいしている。

具体的に言うと窮地なのは私では無く女性とこの旅館がだ_____。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る