第5話

***

最初のころこそ彼を捕まえるのは困難だったけれど、僕らはゆっくりと時間をかけて1枚を慎重に完成させる時間を作った。


彼といると居心地が良かった。


彼の重い頭が僕の肩や背中に時折落っこちたままになっているから、きっと彼も僕といると居心地がいいのだと感じていた。






すっかり円柱となってしまった黒鉛を横にしては白いぼこぼこの布地へと懸命に滑らせる。


懸命な僕とは正反対にエマニュエルは窓の外を見たり、ベットに腰掛けたり、鏡を見て金色の毛をくるくる指で巻いて遊ぶ自分の姿を見たりーーーーー。


時折、そんなつまらなさそうな仕草をしては、突拍子もなく軽い口調で語りだす。


『学園で体を売っている噂が出てる』とか、『それが本当かどうか君は気になる?』とか。




「あまり褒められた行動ではないね」


たまに真面目に答えてみても『僕には見てのとおり見た目にしか取り柄えがない』


とネガティブになったり『君はまだまだ子どもだね』と僕を茶化したり。




「ははは、君は見た目どおり繊細な人だよ」


ある日同じような質問に僕が黒鉛を置いてとびきりの笑顔を見せると、エマニュエルはギョッとした表情を向けた。


僕は気にせず黒鉛を持ち直して、”儚い表情に戻らない”エマニュエルのデッサンを続ける。




「僕を知ったばかりだろ」


「まぁね、でも何万の人を描いてきたんだ。それに」


「それに?」




「それに、君は僕に描かれている間とても緊張しているよね」


近寄るエマニュエルの胸をトン、っと軽く拳で小突いた。


「指どうしを絡めたり握ったり、手元は落ち着かなく、微かに唇が震える。全体的に体が中央に寄りたがってる。肩をすぼめて脚を閉じて、手も体の中心」


エマニュエルは咄嗟に変な顔をして僕を見つめたが、瞬間、顔がこわばったのを僕は見落とさなかった。




「いいんだよ。ありのままの君を描きたいんだ」


白い頬が色づく。




ふぅっと深いため息をついて「面白いね。親友になれそう」と僕に笑顔を見せた。



 

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