色づき満ちる時の果て

この作品で最初に感じた色の印象は、黒である。
そのあらすじからも解るように、陰鬱に始まる。髪の黒、視界の黒。
供物であったはずの椿を、神とされる朧は一人の女性として愛おしむ。

徐々に、世界に色が満ちて行く。桜、桃、菜の花、鈴蘭…。
それは愛を知らなかった椿と朧が、互いに触れ合うことで開かれてゆく世界だ。
美麗な文章が、二人の物語を紡ぎあげる。美しい楽の音を聴く心地にも似ている。

二人の存在は明瞭ではなく、朧の名に示されるように、どこか曖昧で不確かだ。
しかし確かなものもあり、それが二人の間の絆、愛情だろう。
山桜の精、狐の異形などとも関わりながら、彼らの時間は流れる。

やがて色づき満ちる時の果てで、私は彼らと出逢う。

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