ずっとそばにいたのに、私はあなたのことを何も知らなかった
まずは軽く経緯から説明しよう。
2023年7月某日、私は悩んでいた。
顔面の肌荒れ――ではなく、腕の虫刺されに。
ちっこい虫刺されだったんだけど、ここしばらくは刺されてなかったから気になって気になって。そこで液体ムヒを塗ったら、あら何ということでしょう! 塗った形に激荒れしてしまったではありませんか!!
これが痒いの何の、まともに夜も眠れない。おまけに火傷みたいに真っ赤に腫れて、たった三日で見た人がドン引きするレベルにまで超進化した。
形がやたら綺麗な円をしてるだけに、自傷やらDVやらの可能性を考えたのか、見なかったことにして目を逸らされること多数。経緯を説明するとほとんどの人が安心してくれたが、「本当に……?」と恐る恐る念を押してくる方もいた。
これはいけない。周りの人達に余計な心配をかけてしまう。
ついでに手指の汗疱(汗をうまく排出できず、水ぶくれ状になって皮剥けする症状です)がこの暑さで悪化していたので、私はついに病院に行く決意をした。
その時に近所の皮膚科ではなく、母のお勧めの病院へわざわざ向かったのは、ちょっとした遠出の予定があったためだ。
実は現在の私、とある仕事の関連で目が回りそうなほど多忙。そのせいで時間がなかなか取れない。
この日はやっと丸一日時間を作れたので、後回しにし続けていた定期検診各種をまとめてやってしまおうと考えていたのである。
行きつけの歯医者さんも眼科も家から離れた場所にあるし、どうせ電車に乗るんだったら母が「素晴らしい名医」と推すお医者様のところに行ってみっか! 近くに気になるカフェもあるし〜? おひとりさま満喫できちゃうし〜? ……とまあ、とても不純な動機で予約を入れた。
はい、ここで話が戻ってお顔の話。
これも至極単純で、虫刺されと手指を診てもらうんなら、顔も診察してもらうかと思っただけ。
この時点で私は、顔の肌荒れをただ皮膚が弱くてマスクの摩擦で負けているためだと思い込んでいたから、あまり重視していなかった。診察といってももっとよく効く薬をもらい、肌に優しいマスクやら敏感肌向けのドクターズコスメやらをオススメしていただこうくらいの考えだった。
ちなみに、例のロコイド軟膏の使用回数は週一程度。
どうしても長時間マスクの着用が必須な仕事の後のみに肌荒れしていたので、使う頻度は高くなかった。これは幸運だったと思う。
しかし逆に、週末になると規則的に荒れるせいで気付くのが遅れた。平日のマスク長時間着用が響いて、肌が悲鳴上げてんやな……よしよし、ロコイドさんや、またお願いしますね……とロコイドを救世主扱いしていた。まさかこやつが諸悪の根源とも知らずに。
そして予約一週間前から、病院に行くなら悪くなっている状態を見せた方が良いと思い、私は数ヶ月ぶりに救世主ロコイドを塗らなかった。
するといつものように、水曜あたりからじわじわと顔に違和感。木曜にははっきりとした赤みと痒みが現れ、触れずとも腫れている感覚がわかる。
病院は金曜に予約を入れていたので、明日には治る明日には治ると言い聞かせて何とかやり過ごした。えらかったぞ、私。でも地獄はここからだったよね。
母オススメの病院は主要駅の近くにあり、また予約の時間にはゆとりを持って到着したため、私はまずおひとりさまを満喫した。チェックしていたカフェで大人気のシュークリームも食べたよ! めちゃくちゃ美味しかった!
しかし、そんな天国の後には予想だにしなかった地獄が待っていた。
病院に向かい、待合室で座ること五分。診察室に入り、ロマンスグレーの素敵なお医者様と対峙すること一分。
「酒さ様皮膚炎ですね」
はい? 何ですの、それ?
「ステロイドの一番やっちゃいけない使い方してしまったんですよ。治るまで顔には絶対に使わないでください」
え?
この顔の肌荒れ、救世主ロコイド様が原因だったの!?
いいヤツだと心許してたら実は敵――しかも黒幕だったって、漫画やアニメなんかじゃなかなかの衝撃展開よね! まさかその衝撃を現実に味わうとは!!
「お薬の代わりにプロペトを出しますので。プロペトは何回塗っても構いませんよ」
あ、プロペトなら知ってるー。
白色のワセリンだよね! 乾燥にめちゃ効くやつー!
って、待って。
この赤々かゆかゆ、プロペトで保湿するくらいで治ります?
「治りません。ですが、とにかくステロイドを抜かなくてはならないので。そしてその肌荒れはこれからさらに悪化します。最低でも二ヶ月から三ヶ月はかかると覚悟してください」
嘘やん……。
え、まじですか? まじですね?
薬が出せない……?
これがもっとひどくなる……?
しかも二ヶ月から三ヶ月もの間……?
この状態が続く、と……?
ショックすぎて、気が遠くなった。
でも薬局のお兄さんがとても優しくて、少し元気をもらえた。おかげで何とか電車に乗って帰宅できた。
期間は最低でも二ヶ月から三ヶ月。
武器はプロペトと痒み止めの薬のみ。
ここから、私VS顔面かゆかゆいたいた地獄の戦いが始まった。
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