第2話

葵陽とツジリは五年前まで夫婦として暮らしていたが、お互いの仕事の忙しさもありすれ違いが生じて喧嘩も耐えなくなった。このままでは長く続いていかないと決めたうえで離婚をした。

ツジリは深見に記事の依頼をしたのはなぜかと改めて聞いたところ、彼女は海外にいた頃に様々な場所で取材へ出向きライターとしての経験を活かしてあげたいと思い立ち、今回の依頼も彼女に見合っているから声をかけたのだという。そして夫婦であった彼らの力を発揮して良い記事に仕上げて欲しいと期待しているのだと話していた。


「まあ、僕は引き受けても良いですよ。コイツが嫌でなければ」

「コイツって……私はできれば他の方に頼んでいただきたいですね」

「ええ、なんで?」

「元旦那の挙げ足を取るようなことになったら私も面倒なことに巻き込まれたくないですし」

「ツジリちゃん頼むよ。こういう特集ってさ滅多に来ない依頼なんだよ。俺らのメインって首都圏のカルチャーに関するものが多いだけど、そこに新たな風を入れてみたいんだ。人の最後をどのように過ごしていくのか、読者の反応が知りたいんだよ」

「タッグを組む相手ならいくらでもいますよね。葵陽だって私とならやりずらいって思わないの?」

「俺はいつでも受け入れるけどな」

「二人なら絶対いける。ツジリちゃんのわしづかむ言葉と矢貫の心が寄り添ういい画……業界でもなかなかいないんだよ。二人のような相思相愛的な融合性のある記事。読んでみたいわぁ」

「世の人たちがウケてくれればいいいんだけどな……ツジリ。深見さんの期待に応えてやれよ」

「まあ、取材してからじゃないと何とも言えないな。まずは行くだけ行きます。良いですよ、引き受けます」

「ありがとう。矢貫、良い奥さん逃したけど今回の取材は逃すんじゃないぞ」


ツジリは会社から出ていき葵陽も翌々月に掲載する写真の編集作業に勤しんでいった。そこへ隣の席に座っている彼のアシスタントの茂木 彩葉いろはがカメラを手に取って液晶モニターを見ていた。


「これ、パフェじゃないですか。美味しそう、どこに行ったんですか?」

「ああそれね。東京駅の都路見つじみ。季節限定のやつだった」

「本当に甘いもの好きですよね。この間行った馬喰ばくろ町駅のドーナツもお勧めしたいですよ」

「ドーナツ?どの辺?地図出せるか?」

「……ここです、ハリーズ。生地がめっちゃふわっふわでしっかりした食べごたえがあるという新食感って感じ。シナモン人気なんですよ」

「よおし、茂木。今度俺を連れていけ」

「いやいや、それセクハラっぽい。一人で行ってくださいよ。あたし彼氏いるし」

「ドーナツと彼氏の因果関係ってないだろう。連れてくれたっていいじゃん」

「ああ、私今コーヒー買ってくるんで。矢貫さんラテでいいですよね?」

「うん、お願いします」

「茂木さん、私もブラックで一つ追加でお願い」

「はーい、いってきます」


葵陽の部署は全員で八人で男女半々の割合で在籍している。彼もここにきてから四年は経つが毎年ごとに入れ替えのある部署としては長い方で後輩からも親しまれているのだ。

それから数時間が経ち小休憩を挟んで先程の封書を再び開けて見ていると、ある一人の依頼人の封筒に写真が入っていた。そこには五十年間連れ添ったある夫婦の妻が余命宣告されたことがありその最後を迎える前に取材に来て欲しいという内容が書かれてあった。


葵陽は自身の両親の事を思い出していた。彼の両親は小学生に上がる前に一度離婚をしていたが子どものためにと復縁をしてそれからは仲睦まじくともに暮らしている。妹と弟にそれぞれ子ども、つまり孫がいるので帰省してくるたびに可愛がっているという。

長男である葵陽はバツイチで子どもがいないが兄弟が親しくしているのなら無理に子どもを欲することをしなくてもいいのではないかと考えている最中だった。


本来ならツジリと離婚はしたくなかったと後悔している。当時出ていったのは彼女の方からだったので後を追いかけるにしても手遅れになってしまった。その後悔を埋めるかのように仕事に没頭しそのまっとうした分をスイーツを掲げてご褒美に食しているのだった。

気がつけば彼も三十八歳。男ならいくらでもやり直しが利くなんて昔の話だ。しかしこのご時世、理想と現実の狭間で彷徨っているのはもはや重症。


葵陽はこの時点では誰にも話してはいないが、時間の合間を見ては結婚相談所に行って再婚相手を探しているのだった。両親の年齢や余生を考えるとせめて子どもの一人でも授かれるのなら授かりたいと切に願っているのだ。

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