第5話
「矢貫さま、お待ちしておりました」
公休の日を使い、葵陽は相談所に来てカウンセラーから指名された条件の満たしている数名の女性とのプロフィールを閲覧して、そのうちの一人に会うことを決めた。
「八十パーセントですか。この確率って割合的にどうなんですか?」
「そうですね、個人差もありますがお互いの条件が適合すればお付き合いするという方も多いですよ」
「これで七度目ですよね。僕が出してくる条件の理想が高いせいか、なかなか満たさない方も多かったですし……」
「過去の事はお気になさらずにしてください。必ず良いご縁はありますから」
「そう、願うしかないですよね」
その帰り道の電車の中であらかじめ登録していたマッチングサイトを開いて見ていると、そのうちの十数人が直接会うことを促している内容のコメントも書かれていたが、相談所の方を優先しようと考えてその件は保留という事にしていておいた。
葵陽はやはり焦りを感じている。
世の女性が自分の事をすべて受け入れてくれるなんて、そのようなうわべの上では段取り良くうまくいくはずがないと三割がたは
翌日の午後、二件目の依頼主の元へ葵陽とツジリが向かいとある高校の正門の前で待っていると、一組のカップルらしき男女が歩いてきたので声をかけた。
「はい、僕たちです。矢貫さんと辻本さんですか?」
二人は彼らとともに明治神宮前駅の近くにある喫茶店へ行き彼らの「別れる」理由を聞くことにした。男子生徒は
「私達、幼稚園の時からずっと幼馴染みで付属大学の高等部にいるんです」
「本当は大学も一緒にしようって話をしていたんですが、一年の時に彼女が僕の子どもを妊娠したんです。子どもを育てたいって説得させたんですが双方の親から猛反対されて結局堕ろしたんです」
「その上これ以上一緒にいるなって言われて来年卒業したら彼は都内に、私は福岡の看護大学に行く事になったんです」
「それで思い出に写真を撮りたいという依頼を?」
「はい。これだけ長く一緒にいて自分達ばかりで自撮りしたり友達に撮ってもらったりしてばかりいて、それなら専門の写真館にしようかって話もしたんですが、ちょうど雑誌を見ている時に矢貫さんたちのいる出版社の記事を見つけたんです」
「言っておくけど、この雑誌は全国区で発売されているものなんだ。すなわち見知らぬ人たちに自分たちの素性を明かしてしまう、そうともなり兼ねるんだ。今話してくれたことを記事にして載せても後悔はしないかな?」
「ティーン雑誌でもよく見られたくないことの内容の特集って載せることもしていますよね。あれとは違うけど、私達の事情をぶっちゃけてもいつかは忘れ去られてしまうし。その時だけでいいんです。自分たちが鮮明にはっきり覚えているうちは記憶としても雑誌っていう媒体にしても、自分たちはここにいるんだっていうことを留めておきたいんです」
「念のために言うけど、今回の件はあなたたちは未成年だからご両親の許可を取らないと記事に起こすことは出来ないの。まず先に二人でそれぞれのご両親に今回の取材の件とこれから雑誌に載せることの許可をもらいたい。できそうかな?」
「はい、まず話すだけ話してみます。お前もそれでいいよな?」
「うん。今回の事なら怒ることもないと思う。親も私達の仲を知っているし、これで最後だっていうなら良いよって言ってくれる気がする」
「名刺を渡しておくから、何かあったら僕らに連絡ください」
しばらく彼らと雑談をした後駅まで見送りに行き、葵陽とツジリは渋谷駅までの道のりを歩いていった。
「あの歳での妊娠はつらいものよ」
「そうだな。ただ二人とも真剣な目で話してきたことには驚いたよ。どんなに未熟で金が無くても誰にも負けたくないっていう気迫さはガンガン伝わってきた」
「私達の高校生の頃とは違って今の子たちってセンシティブで、自由が利かないところが増えてきているもんね」
「創造力は高くても実際には社会に馴染めなくて堕ちていく人も多いっていうしな」
「あれだけ個性が備わっているからそれに適した社会人になって欲しいよね」
葵陽は学生の頃の自分を思い出していた。正直言うと先程の二人の様に野心の強い人間ではなく、ただ単純にその時々を過ごして青春を謳歌していくというスタイルが流行的な事もあったのだった。時代の波には乗れても結果として本当の大人にはなりきれていない。
仕事はうまくいっていてもツジリと破局したことを引きずりながらこうして佇んでいるので、年下の彼らの手本にはなれまい。口ではいくらでも格好の良い事は無限大に言えるがひと皮むけばただの憐れな生き物なのだ。
堕落した事しか思考が働かない葵陽の心は、彼らにとってどこかで蝕んでしまわないかと気持ちがうずくまりそうになっていたが、それとは逆にツジリは彼らの成長を妨げることをするのならこの案件は引き受けない方がいいが、将来性の眺望として長い目で考えるのなら、彼らの希望通りの約束を果たしてあげた方が未来を作って背中を押してあげることも、自分たちの成果にもなるであろうと前向きに発言してきた。
その言葉を聞いて葵陽は彼女へ少しの同情心を働こうとしていた。
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