第3話

翌週の月曜日。出社してミーティングが終えてからツジリから連絡が来て会社の前で待っていると告げてきたので、一階まで降りていくと彼女の姿があった。葵陽は車を出して一件目の依頼主の元へ二人で向かい待ち合わせの駅で待っているとある人物がこちらに向かって会釈をしてきた。出立ちからは三十歳くらいの女性で依頼主の子どもだと名乗ってきた。


「桜庭さんですか?」

「はい。依頼した者の娘です」

「自宅まで行きますので乗って案内してくれますか?」

「はい、お願いします」


彼女とともにそこから走って二十分ほどの住宅街にある家に着き車から降りると、葵陽とツジリは中へ入っていった。居間へ行くと依頼主の八十代の夫婦がいて、父親は車椅子に乗っていて、母親はその隣に置いてある椅子に座っていた。父親は数年前に要介護二の認定を受けた後左足を骨折したことから歩けなくなり普段から車椅子での移動をしている。母親は緑内障の手術を終えて退院したばかりなので、片目に眼帯をつけているという。


「柳の輪出版の矢貫といいます」

「はじめまして、ライターをしています辻本といいます」

「お忙しいところ家まで来ていただいてありがとうございます。そちら様の雑誌に家族の記念になるお写真を撮って記事にしていただける項目が気になって両親に相談したらすぐに応募したいって」

「お二人とも、仲が良さそうですね」

「そんなことないですよ。すっかり歳も取ってしまって。私達も物忘れが続いているから娘の傍に世話になりたくなくて、来月にグループホームに入ることに決めたんです」

「そうでしたか。僕、カメラマンをやっているので、皆さんとのお写真を撮らせていただきます」


葵陽たちが会話をしていると父親がじっと見つめてきたので娘が尋ねると一緒にいる理由がわからないと返答してきたので、今回の依頼についてもう一度話すと帰ってほしいと言ってきた。娘は父親を宥めているが彼は人晒しになるようなことはしたくないと拒否をして葵陽たちを追い出してほしいと言ってきた。すると、母親が父親の手を握りしめ、


「この家にはもう戻ることをしないと決めた。娘にこれ以上負担をかけることをしたくない。娘の家族のためにもそう決めたから、お父さんと二人で一緒に暮らしていきたい」


と、話しかけると父親は目を瞑り悲しそうに泣き出した。


「お父さん、大丈夫よ。施設の人たちみんな優しい人ばかりだから心配しないで。これからは私と一緒。何をするのも一緒よ」

「お前……ずっと苦労かけてきたのに、本当にそれでいいのか?」

「ええ。私はいつでもあなたのそばにいます。せっかくの機会だからみんなで良いお写真を撮ってもらいましょうよ」


葵陽はこの時自身の両親を思い出していた。いつか同じような日が来た時に自分もその二人を説得させて施設に入所させることを告げなければならないと思うと、胸が詰まるような感覚になっていた。

日取りを伝えた後葵陽とツジリは車で会社に戻り早速桜庭の家族への質問を考えて構成に取り掛かろうとしていた。ツジリも似たように自身の母親の事を思い出したようでパソコンを打ちながら葵陽に話を持ち掛けていた。


「母さんもまだ元気だからそういう話はしてはいないけど、いずれか郊外のところに住みたいっていう事は前から言っている」

「お義母さん、スーパーのレジ打ちの仕事しているよね。体調はどうなの?」

「定期検診は受けに行っているけど、血糖値が高いから糖質とが気にしながら手料理を作ったりしている。多少足腰も気にしているよ」

「そう……しばらく会っていないからどうしているかなってさ」

「そんなに気にしなくていいよ。たまに葵陽のこと元気なのかって話すことあるくらいだけど、そういやそっちはパートナーでもできた?」

「それどころじゃない。今は仕事のことで没頭できているから不安はない」

「それそっちの親御さんが知ったら息子の将来どうなるんだって突っ込んでくるよ?」

「お前だって今の旦那と仲良くしているんだろう?うまくいっているのか?」

「別れた」

「は?」

「去年だからもう一年経ったな。自分も今の仕事が楽しくてしょうがないよ」

「それはご愁傷さまでしたな」

「余計な言い分やめて」

「結局喧嘩して別れたんだろう?」

「なんでわかったの?」

「俺らの時だって散々言い合いしたけど取り敢えず合意して離れただろう。そっちの口の利き方の問題があるから旦那だった人だって逃げたんじゃないか?」

「逃げたって……まあ出ていったのは向こうだったし確かに私の性分もあるから反りが合わなくなっていったのかも」

「ほら見ろ、当たっているじゃん」

「私達って結婚って向いていないんだね」

「結婚というかパートナーシップの問題性だよ。俺らの場合どちらも引き下がらないからどんどんズレが生じてパックリ穴が開いたようなもんだっただろう」

「彼女、欲しくないの?」

「そりゃあ傍に誰かいてくれたら安心する。たださ、今は焦って探してもすぐに見つかるわけじゃないからそのうち出来たらお前にも教えるわ」

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