射心伝唇〜イシンデンシン依頼主の声〜

桑鶴七緒

第1話

白灰色の曇り空の下、建築現場を見下ろしながら矢貫 葵陽あおいは複合ビルの最上階にある京都に本店を構える甘味処にて男一人で窓側の席についてその時を待っていた。

周りの客のほとんどは女性で賑わうなか葵陽は頬を火照らせながらその時が来るのを待ちわびていた。


「おまたせしました。特選抹茶と和栗菓子の白玉パフェでございます」


店員が持ってきてくれた注文したパフェを前にしてひとまずは全体のフォルムを眺めるかのように見つめ、次になかの具材の確認をし、持参してきた一眼レフカメラとスマートフォンのカメラを撮り画像を収めた。


いただきますと心の中でつぶやき専用のスプーンで抹茶アイスをひと口食べる。


その品よくほろ苦い抹茶の風味といつか解けるんだぞとばかりの成型したアイスが口の中に広がり出すと、葵陽は目をつぶり小さく頷いた。次にほうじ茶のカステラ、和栗とサツマイモの蒸し煮を交互に食べていき、店内特製の白玉に手を付けて口に入れると程よい弾力が舌の上で踊り出し次第に溶けていくのを噛みしめながら妄想とともにその触感に酔いしれていっていた。

こんな幸せは一人でするのがもったいないくらいだが、日々の忙しさを取り除いてその合間を縫って作った一人だけの時間を誰にも邪魔されたくはなかった。


本当は今は勤務中だったがどうしても腹が減って失神しそうだと上司の深見ふかみに連絡をしたところ、依頼業務が終えているなら好きに時間を使ってよいと容認してくれたので、ちょうど居た場所から何駅か電車で乗って今の場所に来たのだった。陶酔しながらパフェにありつけているとスマートフォンに会社から連絡が来たので、

「快食中の為三十分後に折り返し返信します」とメールの返事を返した。


その後番茶を啜り腹も満たされたところで店を出た後に会社に電話をかけてみると社員が出てきてようやく心身ともに満たされたようだなと告げてくると深見に代わりある業務についての話をしてきた。


「ああお疲れさまです。これから戻るところでした」

「矢貫に依頼したい件が来てさ、早めに戻ってきてほしいんだ」


葵陽が働く会社は出版社の中にある雑誌編集部。彼はフリーランスのフォトグラファーだったが深見と知り合いになってから現在の会社に起用された。深見は編集部部長代理でディレクションも行う事もあるので近寄りがたい人相とは違い内面はやんわりとしていて腕利きの良い上司なのだ。

社内に戻ってくると奥の部屋で深見が先方と商談をしていてしばらく待っていると、葵陽を呼び出して応接室に入るように指示してきた。そこのテーブルにはいくつかの封書があり中を開けてみると手紙も添えてあった。


「これ、どうしたんですか?」

「次の特集でさ、一般の人たちの記念になるような記事を作成しようと会議で決まって。これらは先日公募で呼び集めた封書の一部だ」

「特集って何ですか?」

「その人たち個人の最後の時を写真に収めて、なぜそのような経緯になったのかを取材した声を撮って記事に起こすんだ」

「最後……最後って別れとか旅立ちの事とかっていう意味ですか?」

「まあな。そこにある依頼主の手紙に色々書いてあるから目を通してほしいんだ。俺ちょっとこれから出るからその間に読んでおけ」


ジャケットを羽織り深見は外出していくと葵陽は手紙を読んでいった。そこには依頼主たちの思いが綴られていて最後の時を是非シャッターに収めてほしいという切なる願いがしたためていた。そこへ一人の女性が彼の背後から入ってきては立ち止まる靴の音を聞き、振り返ると葵陽は軽く口を開けて唖然としていた。


「葵陽、ここの編集部にいたの?」

「ツジリじゃねーかよ。お前何しに来たんだ?」

「深見さんが今日ここに来てくれって言われてね。記事にしてほしい仕事が入ったから是非とも私に引き受けて欲しいんだってゴマを擦ってきたの」

「深見さんがゴマ擦るって……よほどお前に頼みたいことでもあるのか?」


辻本里沙、三十三歳。通称ツジリ。以前まで同じ出版社の企画広報部にいたがある理由で他の出版社に異動しその後ライターとして勤めている。葵陽はツジリの視線を気にしつつ封書を渡して手紙を読ませていった。


「今日は深見さんと打ち合わせ?」

「うん。あの人いつ帰ってくるかしら?」

「もうそろそろだと思う」

「……おお、お二人とも。やっと揃いましたな」

「なんですかかしこまって……」

「この依頼の件なんだけど……今回二人にタッグを組んで取材しに行って欲しいんだ」

「はあ?ツジリはシイナ出版の人間ですよ?なんでここの編集部に連れてきたんですか?」

「まああまりお怒りにならずに。元々なんだから片意地張らずにいてもいいじゃないですかぁ」


葵陽とツジリは半分呆れた表情をしていたが深見の機嫌も考えながら大人しく聞くしか他がなかった。

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