第17話

全ての取材が終わり葵陽とツジリがそれぞれ原稿や画像のチェックを行ない、それを担当者に手渡すと入稿していき、仮の雑誌が会社に届き深見ら社員が校正を行い改めて印刷されていくと、本誌ができあがり皆で企画のところを開いて仕上がり具合を確認していった。

深見は二人に良い仕事をしてくれたと伝えて翌月の発売日に間に合う事が出来た。二人もともにご苦労さまと言い合い握手をした。


その週の日曜日、葵陽は仲江と会う約束をして日比谷駅で待ち合わせてビル街の中にある喫茶店に入って席に着くと注文をする前に彼は取り急ぎ話したい事があると言い切り出してきた。


「いよいよ来月雑誌が発売するんですね」

「ひと仕事終えて安心している。読者の反応が楽しみですね」

「私もだいぶ心構えができてきました」

「手術来週ですか、どう調子の方は?」

「あまり緊張していないんです。変に腰が据わっているというか」

「不安があるよりは落ち着いている方が一番いいと思います」

「そういえばお話というのは?」

「あの、この機会をせっかく作っていただいたことですし、きちんと告白するべきだと決めました……僕でよろしければお付き合いしていただきたいと考えているんです。仲江さんはいかがお考えですか?」

「それに関してなんですが、今回のお見合の件を白紙にしていただきたいんです」

「どうかされましたか?体調でもよくないんですか?」

「そうではないです。色々考えているうちに矢貫さんとは結婚前提でお付き合いすることよりも、お友達というんでしょうか。その方が気兼ねなく付き合っていけそうな気がしているんです」

「友達……」

「術後の事も気になりますが、今は焦って無理矢理男性と付き合うよりかはゆっくり時間をかけてお互いを知っていきたいんです。どう……でしょうかね?」

「それなら僕も遠慮せずにお断りします。あなたの将来もありますし、必ずしもカバーできるかといえばそのイメージもできにくくて自信がないんです。本当にすみません」

「それが本心ならそれで良いです。わかってくださる方でよかったです」

「相談所にはまだ通われるんですか?」

「ええ、一応は。カウンセラーの方にも病気の事については話していて、復帰次第また通うことにしています」

「せっかくこうして出会えたのに別れるのは寂しいところもありますが、どうか仲江さんが今後も健康でいられるように祈っています。僅かでも僕とお付き合いしてくれたことを感謝します」

「こちらこそありがとうございます。矢貫さんもお仕事が続けられるように陰ながら応援していきます」


二人はしばらく店内で会話をしたあと、仲江は先に帰るといい、席を立ちあがりその背中を見送りながら惜別の影をコーヒーの渦の中に沈めていった。葵陽は自分のことが少しだけ虚しくなって火をつけた煙草の煙を見つめながら、

ツジリの事を考えていた。スマートフォンにメールが届いているのに気づいて開いてみると、彼女がこれから会えないかと彼を誘ってきた。


上野に向かっているので上野駅で待ち合わせしたいと言い、葵陽も急いで日比谷線の地下通路に行き電車に乗り込み彼女への思いを募らせてその時を待ち侘びていた。駅の構内に着きツジリの姿を見て駆け寄ると何も焦ってくる必要もなかったと話し、今一番彼女に会いたかったと返答すると、微笑していた。

恩賜公園の中の噴水広場まで歩いて石垣に座ると薄曇りの空は二人を相変重ねて見下ろすかのように風が戯れていた。


「なんでそんなに冴えない顔しているの?」

「さっきまで仲江さんと会っていた」

「告白は上手くいった?」

「ボロ負けでした」

「あんなに一緒になりたいって言っていたのに、あっさり振られたの?嫌な女……」

「そういうな。何も酷いことなんかされずに別れた。騙したくて会っていた訳でもなかったから、これで良かったんだ」

「結局は不完全燃焼の恋でしたか」

「そうでした。これで七人目か」

「彼女を入れて七人の人に振られてきたの?お宅も粘るわねぇ」

「うるせぇよ。なんだよその言い草はさ」

「少し時間をおいてから相談所に行くのもいいかもよ?そんなに急ぎたい?」

「俺が独り身になってしまう不安を親が気になっているんだ。どう逃げようもないな」


ここから対比するように何組かのカップルが歩いては、彼らの目の前を横切る人たちもいる。

葵陽が空を見上げてため息をつくとツジリはクスリと笑い、彼の失恋を労わろうとある場所に行きたいと言葉を濁してきた。


「今日はまだ時間ある?」

「ああ。お前行きたいところあるか?」

「海、見たいな」

「車取りに行かないとな」

「良いよ。近くのカフェで時間潰しているから取りに行ってきて」

「家に、来ないか?」

「少し一人になりたいからその間に取りに行って」

「分かった、じゃあ待っていて」


葵陽が一人で公園の外へ出て行くまでツジリはその背中を眺めていた。彼女は身体の中にある閉塞感を脱ぎ捨てたかった。彼ならこの手足に刻まれたくさびを外してくれるだろうと密やかに期待しては彼女は長い間彼の声を待ち続けていた。

自分も女性として生きているのだから、柔らかくなった棘を見せずに彼に本心を交わしてみたいと胸を膨らませてツジリは彼が来るまで待っていた。

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