第16話
三日後、朝礼後のミーティングが終わり深見が葵陽に次の依頼主の取材が決まったのでツジリと一緒に行ってほしいと話をしてきた。
「映画館ですか?」
「そこのオーナーが親族同士で経営してきたんだが、老朽化が進んで市の都市開発部から撤退をするように促されたんだ。そこでツジリちゃんと二人でオーナーに会ってきてほしい。できそうか?」
「ええ、まずは状況を聞いてから撮影もしていく方が良いですね」
「よぉし、とりあえず今回で本当の意味で最後の依頼だ。しっかりやってきてくれ」
「はい」
その後、ツジリが会社に顔を出しに来るとすぐに二人でオーナーのいる吉祥寺へと向かった。駅の北口に駐車をしてから、そこから歩いて十五分のところの住宅地を通り、左折して裏通りに入っていくと目的地の映画館が建っていた。
受付の係員に声をかけて待っていると、オーナーである川瀬という男性が現れて挨拶をした。
二人は彼に中に入るように促し二重になった扉を開けていくと、百席ほどにも満たない年季の入った座席に狭い通路と低い天井が特徴の上映室が広がっていた。
「この室内の匂いが懐かしい感じがしますね」
ツジリは川瀬に一声かけて座席に座ると深く軋む音がしてゆっくりと背もたれに寄りかかった。
「創設が戦後からなので七十五年経つんです。両親の代から親戚と一緒にやってきたんですよ」
「手放さなければならないなんて、なんかもったいない感じですね」
「どちらにしてもだいぶ古くなりましたからね。あと数年は持たせる予定でしたが、市の方から閉館するように告げられたんです」
「今日は親族の方は?」
「別件で席を外しています。なので取材していただく日を別の日にお願いしたいのですが?」
「大丈夫ですよ。今スケジュール帳出すので……近くても一週間後くらいになりそうですが、よろしいでしょうか?」
「ええ、その頃にはみんな集まれるのでお願いします。あと、お二人に見ていただきたいものがありまして。今お時間はとれますか?」
「ええ、なんでしょうか?」
「十分ほどなんですが、短編の洋画を観ていただきたいんです」
「良いんですか?お客さん来ますよ?」
「今日は休館日ですので大丈夫です。是非おかけになってください、今用意してきますので」
葵陽とツジリは並んで座席に座ると、上映の開始のブザーが鳴り照明が消え、スクリーンにはコマ送りのようにヨーロッパ地方の無声の映画作品が映し出されていった。しばらくすると、ツジリは葵陽の横顔を見て彼もそのことに気づくと振り向き、彼女が手を繋いでも良いかと告げてきたので、少しだけなら良いと返答すると二人は手を繋ぎ合わせた。
時間が来て照明が点くと手を離し川瀬が来てどうだったか訊いてきたので、レトロな世界に入った感覚があり滑稽で面白かったと話すと微笑んでいた。
十日経った日の午後に再び二人は映画館に来て、同姓の親族が五人と女児が一人いて挨拶をした後、先に外観の前に皆を整列させて撮影をし、上映室やロビーなどでも写真を撮っていった。
「私も昔家族とミニシアターに行っては何度か足を運んだことがあったので、無くなってしまうのが惜しいです」
「都内の映画館もかなり減りましたからね。この日を迎えてご苦労さまって隅々まで愛めでてあげたいですね」
ツジリは取材をしながら自分の思い出話を交えて会話を進めていった。葵陽が撮影をしていると子どもが来てはカメラに興味を持っていたので、撮ってみるかと声をかけると顔を赤らめながらカメラを手に取り親族に向けていくと、撮りますと恥ずかしそうに声を出して皆がそれを見て微笑んでいた。
「これ良かったら持って帰ってください」
そう手渡されたのは先週葵陽とツジリが観た映画のフィルムロールだ。
「これ、かなり貴重なものですよね。そちらで保管しないのですか?」
「まだ山ほどフィルムがあってね。どう処理するにも他の会社さんに手渡さなければならないものもあるから。いいんですよ、この間せっかく観ていただいたことですし。そちらさまでお預かりしておいてください」
「今回許可をしてくださった編集部長さんの方にもよろしくお伝えください」
「ありがとうございます。大事に保管しておきますね」
彼らと少し会話をして挨拶をした後二人は映画館を後にした。
「フィルム一つでも良い値がつくのに私達に手渡すなんて本当に良いのかな?」
「まあうちの方で保管しておくから大丈夫だろう」
「あのさ、この間のこと聞きたいんだけど……」
「手、繋いだこと?」
「どうして良いって許した?」
「前回のハグのお礼。途中で突き放すことしたから、せめて繋いであげようと思い立ってさ」
「じゃあ特に感情が揺らいだわけじゃないんだ?」
「うん……」
「優しさなのかそうじゃないのか、どっちつかずだね」
「俺なりの配慮だよ。それからさ……仲江さんと付き合おうと思ってる。今度会う時に言おうと思ってさ」
「そう。良いんじゃない?」
「反発しないの?」
「したところでまた私達揉めるんだよ?そっちが決めたことなんだからいいじゃん。口出ししないから、そこは葵陽の自由にしなよ」
ツジリはどこか寂しそうだった。時折横顔を見てはもうすぐで遠くに行ってしまうのかと思いながらも、それでも彼の為に背中を押してあげればいいと考えたが、彼女は最後まで諦めたくないと彼への情愛を募らせていた。
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