第10話 そして歯車は動き出す

「…俺の友達に何してんだよ」

斧が振り下ろされる寸前に、アズサと監視サベランズの間に割り込み、右手で斧を受け止める。

よかった、間に合った…

「…トウマ?」

「そうだよ。

約束したろ?

必ず生きて戻るって」

ぷるぷると子犬のように震えていたアズサは、ゆっくりと目を開けて俺の存在を確認する。

そして、俺だとわかって安心したのか、その場にへたり込んでしまった。

目にうっすら涙を浮かべており、相当怖い思いをしたという事が見てとれる。

さて…と。

「…お、斧が動かねぇ…」

必死に斧で俺を振り払おうとするも、そんな事は無意味だ。

「お前、AT値300いってないだろ」

「!!…貴様、何故それを…」

「分かるんだよ…俺には、な!」

もちろんスキルだけど。

さてと、こいつはどうしようか…

取り敢えず、腕へし折るか。

俺は斧を掴んでいた右手を、左側に振ってから手を離し、相手のバランスを崩させる。

「うわ!?」

無様な声を上げた相手は、そのままバランスを崩し、左側に思いっきりよろけたので、そのまま相手の右腕に思いっきり回し蹴りを叩き込んだ。

「うぎゃぁぁぁぁ!!!?」

どえらい声を上げて、少し遠くへ飛んでいった後、そいつは動かなくなった。

遠目にも分かるほど、右腕と右脇腹がグシャリと凹んでいた。

「ふぅ…ごめんアズサ、遅くなっちゃって」

「ばか!」

パンパンと手を払いながら、アズサの方に向き直り、謝罪を述べると、中々の勢いを持って抱きついてきた。

皮と骨だけの痩せ細った腕は、俺の背中にまわされて、俺を弱々しくしめつける。

…いやぁ、いくら同じ男でも、こんな美形に抱きつかれたらドキッとするもんなんだなぁ…

なんて呑気なことを考えていたら

「なんであんな無茶をするのさ!

僕なんか見捨てれば良かったのに!

下手したらトウマが死んじゃったかもしれなかったのに…

そんなことになったら…僕は…」

しゃくりをあげながらわんわんとなくアズサをどうにか落ち着かせようと、頭を撫でてみたり、背中を撫でてみたりしたが、結局アズサが泣き止む事はなかった。

寧ろどんどんヒートアップしていって、最終的には背中に回した腕を離して、ポカポカと俺の胸を叩いてくる始末だ。

…それもそのはずだ。

大人びた振る舞いをいるから忘れがちだが、アズサは俺よりも歳下なのだ。

前世でいうなら、まだ高校生になりたてぐらいの年齢なのだ。

精神がある程度成熟している年齢ではあるが、アズサには頼れる家族はいない。

この場でもそうだ。

皆、自分のことで精一杯で、誰もアズサに構ってられる人はいないのだ。

「お願いだからもう無茶はしないでよ!

トウマは…トウマは僕のたった一人の大切な人なんだよ!

希望なんてない墓場ここに放り込まれて…怖く寂しい生活に光を灯してくれたのは…トウマなんだよ…」

またわんわんと泣き出すアズサ。

先程までの戦いで、服が汚れているので、できればアズサには清潔な布で涙を拭いてほしいのだが…

「…ごめんね。

でも、俺はやらなければいけないんだ。

スキルを授かったからには、奴隷制度という馬鹿げた文化を壊して、アズサのように苦しんでる人を救うって、俺は誓ったんだよ」

「…誰に?」

ようやく落ち着いたと思ったら、痛いところを突かれてしまった。

が、これの答えは決まってる。

「アズサだよ」

「…どうゆうこと?」

「約束しただろ?

アズサを奴隷から解放するって。

けど、アズサだけじゃダメなんだよ。

アズサは特別だけど、他の奴隷も助けたいって思ったんだ。

無茶だってのは理解してる。

けど、俺は絶対に助けるって誓ったんだよ。

アズサを助けるって約束した時にね」

そう。

生きて戻ると約束すると同時に、俺はアズサと約束したのだ。

物心ついた時から奴隷にされるという、悲しい運命を背負った少年を救うと。

時間がかかっても…と思ったけど、どうやらその心配は無さそうだ。

奴隷という役職以外に、俺を縛り付ける枷はもうない。

「アズサ、約束を果たしにきたよ。

俺と一緒にここから逃げよう」

俺はアズサの腕を取り、返事を待つ。

果たしにきた、とは言ったものの、約束してから今に至るまで、別に大した時間は経ってないのだが…それはまぁどうでもいい。

大切なのは、だ。

「…うん!」

俺から一歩離れて、強く頷くアズサ。

相当泣いたのだろう、目は少し腫れている

取り敢えずこれで一件落着…だったらよかったんだけど…

『スキル【危機感知“極”】に反応があります』

無機質な声は、非情な現実から迫る魔の手を知らせてくる。

「なんの騒ぎかしらぁ?」

声の主…クルドーは、さっきあった時よりも気色の悪い笑みを浮かべながら、俺に近づいてくる。

「クルドー…」

「あら、トーマクンに…落ちこぼれじゃないの」

クルドーのいう落ちこぼれとは、アズサのことだろう。

「トーマクン、あぬたがどんなスキルを使って、こんな謀反を起こしてるのかは分かんないけど…

立場を弁えろよガキが」

急にクルドーの雰囲気が変わる。

ねっとりとした雰囲気はどこかへとなりをひそめ、冷徹な視線を俺に向ける。

「悪い事は言わねぇからよ、俺の下にいろよ。

紋章クレストも消して、監視サベランズとして雇ってやるよ」

「嫌だ」

「な…!」

俺は即答してやった。

なんで好き好んで、こんな小太り中年親父と一緒にいないといけないんだ。

同じ男と一緒にいるなら、アズサと一緒にいるほうが断然マシ…寧ろ喜んで一緒にいる。

「え…なんで断っちゃうのさ!?」

「逆に断る以外の選択肢ないだろ」

「でも!」

俺、あんなオッサン守備範囲外だから!

てかそもそも、男は守備範囲外だわ。

「き、貴様ぁ…俺が下手に出てりゃ調子に乗りやがって…決めたぞぉ…

俺は貴様をここで愛奴隷にしてやるわ!

そして俺の部屋で…永遠にペットとして飼って…玩具としてお前“で”遊ばせてもらうぜぇ?」

…誰か袋持ってない?

吐き気するんだけど…

変わった性癖持つのは勝手だけど…そんな堂々と後悔すんなよ…

俺の後ろでは、アズサの顔がどんどん青くなっていっている。

「アズサ…平気か?」

「…無理かも…」

取り敢えずアズサを逃さないと…

人一人を守りながらなんて、できるか分からないかし、相手はクルドーだ。

監視相手ならまだしも、力の底が見えないクルドー相手では、無理があるかもしれない。

「アズサ、取り敢えずあそこに隠れておいて」

「トウマはどうするの?」

「俺はあのオッサンをぶっ飛ばす」

無茶だと叫ぶアズサを宥め、俺はアズサに約束する。

「これが終わったら、アズサの呪いも俺が解いてやるよ」

格好つけているが、本当は呪いを解く手段なんて無い。

だが、この約束のおかげで俺は死ねなくなった。

アズサのためにも、奴隷のためにも、

…そして自分の望みを叶えたい俺のためにも、俺はクルドーの方に向き直る。

「おいクルドー、俺が負けたらアズサはどうなる?」

「アズサ?…あぁ、あの落ちこぼれk」

気づいたら、クルドーの顔面に拳がめり込んでいた。

「ぼふぇぇ!!!」

無様な声を上げながら、クルドーはクルクルと回りながら飛んでいく。

だが、地面につくより先に【時空超越スペシウム・イクシード】を発動して、受け身を取る暇すら与えずそのふくよかな腹につま先をめり込ませる。

【時空超越】を解除してクルドーの様子を確認したら、クルドーは既に生き絶えていた。

腹には穴が空いていたが、俺は知らない。

ブチギレて思い切り蹴った結果、衝撃波でそのまま穴を開けたことなんて、俺は知らない。

「お待たせアズサ、行こっか」

「う、うん…」

なんだがアズサの手が震えている気がしたが、それは多分気のせいだろう。

「…あ、忘れてた。

ちょっと待っててね」

俺はアズサにここで待つよう伝えて、自分が出せる最高速を出して、クルドーが居た部屋へと向かう。

さっきぶりだが、何度見てもやはり悪趣味な内装だ。

それに、奴のいなくなった部屋は、ただ悪臭だけがする部屋に成り代わっている。

まぁ、目的を果たしたらどうせこの部屋には用はない。

どうなろうとも、俺には知ったこっちゃ無いね。

俺はクルドーが座っていた机辺りの引き出しから、俺はとあるモノを取り出して、思いっきりそれを踏み潰しておく。

これで俺たちの主人は完全にいなくなった。

俺は主人のいない部屋を後にして、アズサの元へと走って戻るのだった。


✳︎


その日、世界中が震撼した。

「号外号外!

奴隷の反乱が起きたぞー!」

「犯人は人を平気で手にかける狂人って噂あるけど本当か?」 

奴隷制度ができて数千年の歴史のあるこの世界で、奴隷による謀反が初めて起きたというのだ。

ばら撒かれた新聞には、サイト3スリーの悲惨な現状と、犯人についての情報が載せられていた。


「これは…一大事であるな」

「はい…これからどうされますか?」

「墓場を一つ潰されたとなれば、奴隷商や買い手からの怒りが募ることとなる…」

「…もう、やるしかないのではないですか?」

「仕方ない…各所へ伝達せよ。

各国への奴隷出荷を許可する。

また、過労死も辞さない仕事を課して、謀反という気を起こさせない思考に陥らせるのだ」

「了解しました」

「…この事件によって…必ず世界の歯車は狂うことになろう」

動き出した運命の歯車は、もう止まらない。


これから起きる世界の動乱…そして、地獄も生ぬるい道を歩もうとしていることを、彼はまだ知るよしもなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る