第8話 覚醒

「うおりぁぁぁ!!!」

威勢のいい声をあげ、右にいる相手に向かって振り下ろした拳。

181.2cmの長身から振り下ろされた拳は、普通の奴らなら一発KOだろう。

しかし、今の俺のAT値とレベルは1。

対する相手のDF値とレベルは未知数。

少なくとも、俺より上である事は確かだろう。

拳を軽々受け止め、思いっきり鳩尾に蹴りを入れてきた。

「ごはぁ!」

今の一撃で、HPは多分半分以上持っていかれただろう。

苦痛耐性アンチペインによって、痛みはそこまで感じないが、鳩尾を殴られた事による不快感は、ダイレクトに身体に広がる。

殴られた衝撃も軽減される事なく、ダイレクトに身体全体に広がる。

それによって引き起こされる二次障害は苦痛耐性ではカバーできない。

結果として、胃の中身が逆流してくる様な不快感や、衝撃によって内臓が揺れる感覚だけを感じることとなる。

普段は痛みによって軽減される様なものが、100%の威力を持って襲いくる。

それは、今まで感じたことのない未知の感覚だった。

「まだ死んでくれるなよ?」

そこから暫く…体感時間では1時間以上間の間、残酷な行為リンチが行われ、二人の監視サベランズから加えられた暴行の総量は、並の人間ならまず間違いなく死んでいるであろう。

「まだまだいくぜぇ?」

殴る蹴るだけでは飽き足らず、タックルや首締め、持っていた凶器で危害を加えるなど、容赦のカケラもない暴行が続く。

腕を落とされ、腹を切り裂かれ、出血多量による血液不足により、目の前は霞んで見えるし、さっきから寒気がする。

苦痛耐性を持っていることが、ここまで災いするなんて思いもよらなかった。

声を出そうにも、発声器官を壊され、声を出せない。

結果として、まともな抵抗もできずに、リンチされる羽目になる。

(あぁ、また死ぬのか)

うっすらと感じた死の兆候。

ぼんやりとしてきた意識の中でも、それを鮮明に感じ取ることができた。

前世も、死ぬ直前は痛みを感じなかったよな…

苦しむこともなく息絶えれるなら、案外幸せなのかもしれない。

ドクン……ドクン………

またもや弱まっていく心臓の鼓動をよそに、俺の脳内に、声が響く。

『スキル【制限解除アンロック】を獲得しました。

使用しますか?』

なんだよ…制限解除アンロックって…

今更、そんなスキルを使って何にな…

いや待て…もしかして、職業効果によって付与された制限ロックを解除できるかもしれない。

…どうせ失敗すればまた死ぬ運命なんだ。

一か八か、賭けに出てやる!

脳内に響いた声と共に目の前に出現した画面ウィンドゥの選択ボタン《Yes》を押す。

すると、脳内に膨大な量の情報と共に、機械音声が脳内に響き出す。

『スキル【制限解除】発動により、発動しているデバフ、制限を解除します』

『同時に、蓄積されていた経験値を獲得。

レベルがマックスになりました』

これ以降も様々な言葉が脳を駆け巡ったが、意識がぼんやりとしており、全てを聞き取る事はできなかった。

ドクン………ドクン…ドクン…

止まりかけていた心臓が、正常な動きを始め、先程まで感じていた不快感も感じなくなった。

「お、おい…なんでこいつ、切った腕が再生してんだよ…」

はっきりとしてきた意識。

鮮明に見えるようになった視界。 

俺は立ち上がり、声を上げた監視達サベランズの方へと向く。

「まだ死んでくれるなよ?…だったか。

生憎友達との約束があるんでね。

そう簡単には死ねないんだよ!」

俺は今までの鬱憤と、先程から感じていた、理不尽なこの奴隷制度に対する怒りをのせ、右にいた奴に、中段の回し蹴りを炸裂させた。

「さっきはよくもやってくれたな…お返しだ!」

先程とは違い、こちらのレベルはMAXだし、持っているスキルで、ステータスは底上げされている。

今は力が有り余っているのだ。

初めて人の内臓を潰す感覚を感じたが、こいつら相手ならなんとも思わない。

「ヒィッ!」

左にいる奴の方を睨むと、相手は間抜けな声をあげ、腰を抜かして地面にへたり込んでいる。

今さっき蹴った奴は、数メートル先で倒れている。

動く気配もないから、気絶してるか…死んだのだろう。

だが、そんな事はどうでもいい。

俺は腰を抜かした監視の方に詰め寄り

「死にたくなければクルドーのところに案内しろ」

と、脅しをかける。

しかし、一向に答える様子も、動く様子も無かったので、こいつの顔面に膝蹴りをお見舞いしてやった。

グシャリとも、メシャリとも言えない、擬音にするのが難しい音を出しながら、顔面を陥没させて仰向けに倒れる。

仕方ない、一人でクルドーのところに向かうか…と歩き出そうとすると、

「おい!そこで何をしている!」

「捕えろ!」

ゾロゾロと監視が集まって、俺に刃を向けてくる。

どうやら少し、時間をかけすぎたようだ。

こんな奴らに情けなど、かける必要なんて無かったのに、だ。

昔のままなら…いや、こんな世界の不条理を目の当たりにしていなければ、怯えて逃げるだけだっただろう。

夢見た勇者にはなれない、と諦めていただろう。


…でも、今は違う。

奴隷という名の枷を、ただ転生しただけでつけられて、挙げ句の果てには強制労働。

俺が何をしたというんだ?

同じ人間なのに、何故こうも虐げられる必要がある?

在学時代、俺は奴隷の歴史について学んだ時、自分たちの祖先は、こんな残酷なことをしていたのか、という驚きと共に、奴隷となった者は可哀想だ、と感じたのだ。

だが…

「死んでも文句は言うなよ?」

「かかれぇ!」

だが実際にその立場に立って経験したら、いかに自分の考えが甘かったのかがよく分かる。

誰かの為に死ぬ人間が出る制度なんて必要ない。

もしかしたら、この世界のことわりを捻じ曲げる事になるかもしれない。

けれど、俺にはそんな事は関係ない。

元々、俺はこの世界に住まう生物じゃない。

だから…この世界はどうなろうと正直どうでもいい。

「変えてやる…

俺の目指す勇者になれなくてもいい…

例えこの手を赤く染めることとなってもいい…

救いたい奴らが目の前にいるなら、それで充分だ…

今目の前にあるこの世界を…奴隷制度をぶっ潰せるなら…

…存分に振るってやる!」

監視達の一斉攻撃によって、俺の身体に次々と刃が突き刺さる。

だが、血は一滴も流れない。

先程感じていた内臓を抉るような不快感も、攻撃によって生じる衝撃も、何一つとして感じない。

俺は言葉を発した瞬間、まともな思考や理性は捨て去ったのかもしれない。

「なんだこいつ!?

武器が刺さってるのに、血が流れてないぞ!?」

「怯むな!

いずれ攻撃し続けていたら奴も死ぬはずだ!」

陽炎獄シャンフェルノ

俺が技名を唱えると、スキルを使用して発動した技が展開される。

どこからともなく炎が現れ、それが俺を包むと、自分を中心に炎が広がっていき、近くにいた監視達を全員巻き込んで、爆音をかき鳴らしながら大炎上する。

「熱いぃ!あ゛つ゛い゛ぃ゛ぃ゛!」

「だれが…だずげ…」

周りでどんどん焼けて死んでいく監視達を見ても、何とも思わない。

寧ろ、今まで奴隷を虐げてきた報いだと感じて、ざまあみろとすら感じるぐらいだ。

「き、貴様ァ!

一体今何をした!」

遠くで命令を出していた、監視の中でも偉さんであろう奴が、恐怖と怒りの混ざった表情で何かをほざいている。

見ればわかるようなことを、わざわざ口に出して俺に聞く必要あるか?

「見りゃわかるだろ。

こいつらが攻撃してきたから正当防衛だよ。

俺じゃなきゃ死んでたぜ?」

「そういうことを聞いているのではない!」

じゃあ何を聞いてんだよ。

お前が「なにをしたぁ」って間抜けな声で聞いてきたんだろうが。

それともあれか?

仲間を目の前で一気に殺されて、錯乱でもしているか?

「まぁそんなことはどうでもいい。

取り敢えずクルドーの所に…」

『スキル【危機感知“極”】に反応があります』

急に脳内に声が響く。

今大事なとこだったのに…なになに?

俺は危機完治に反応した、危機とやらを確認する。

「…アズサが危ない!」

サンキュー機械音声さん…って、生きてもないに感謝述べても意味ねぇか。

てか、機械音声さんでいいのか?

呼び方がよくわからないが、今はそれどころではない。

俺は、スキル【時空超越スペシウム・イクシード】を発動させ、自分の時間を加速させ、文字通りの速さで、監視を無視してアズサの元へと向かう。

まだ現世こっちに来て、1日も経ってないはずなのに、ひどく昔のことのように感じる。

でも、頭の中に残る記憶それは、鮮明に今でも頭に焼き付いている。

思えば、こうなる事はから決まっていたのかもしれない_______

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