第7話 墓場で交わした約束
‘うわぁぁぁぁーーーーー!!!’
‘こんなもんでくたばってくれるなよ!?’
‘もう限界だ!!’
‘まだまだ楽しませてもらうぜ?ガハハハハ!’
ジャークと話をしていた時に聞こえた悲鳴なんて比じゃないほどに、声が鮮明に耳に届く。
「いいかいトウマ、絶対に振り向いてはいけないよ」
様子を伺いたい、という欲求を見透かしたかのように、アズサは俺に忠告をする。
あそこに放り込まれている死体も、元々は同じ人間だったはずだ。
しかし、奴隷という職を与えられ、最底辺の立場にあっただけで、こうも扱いが変わるものなのか。
軽く考えていたつもりはないが、こうやってその立場になり、最底辺の景色を見てみると、この世界の不条理を、理不尽を痛感したのだ。
これが、奴隷という最底辺の立場なのだ、と。
『スキル【
同時にスキル【
「約束して欲しい。
君の身を守る為にも、僕自身を守る為にも。
後ろは絶対に振り返っちゃいけない。
前だけ向いているんだ」
またもやスキルが進化した。
機械音声が喋り終わるとともに、アズサが約束してくれ、と言ってくる。
たとえ最底辺でも、生きる為の方法を模索し、それを実践し続けている。
ここから出て、良い買い手に巡り合う為に。
「…分かった、約束するよ」
俺は右手の小指を立てて、アズサの方に手を差し出す。
約束事といえば、やはり指切りに限る。
しかし、いつまで経っても小指に指がかけられる感覚がない。
不思議に感じ、俺はアズサの方に視線を移す。
すると、アズサは疑問を浮かべた表情で俺の方を見ている。
「ねぇトウマ、これは一体何をしているんだい?」
…あぁ、そうだった。
これは前世の文化であって、こっちの世界には無くてもおかしくない。
そりゃ、そんな不思議そうな顔をするのも無理はない。
「これは約束をした時に行う…まぁ、一種の儀式みたいなもんだ。
別に変な意味はな」
本当はこのまま、指切りについて軽く説明するつもりだった。
しかし…
‘だずげ…で…’
‘おいおい、死んじまったぜ?’
‘手の空いてる奴らはこいつを穴に入れとけ!’
後ろから聞こえてきた最後の声と、人の死を軽んじている
「あー、もう駄目だ。
アズサ、先行っててくれ。
取り敢えずあいつらをぶっ飛ばさないと気が済まねぇ」
「ちょ、ちょっと待ってトウマ!
僕たち奴隷じゃ、絶対にあいつに勝てないよ!
それに前だけ見てるって約束しただろ!?」
後ろを振り返って、そのまま監視を殴ろうとするのを、必死に宥めるアズサの声も、今の俺には届いていなかった。
しかし、次の言葉だけは、怒りで冷静でない俺の耳にも、しっかりと聞こえてきた。
‘あ、ちょうどいいとこに新しいターゲットはっけーん’
遠くから聞こえたその声に、つい後ろを振り返ってしまう。
俺はアズサとの約束を破ってしまった。
「…え」
後ろを振り返り、口から出た言葉はその一音だった。
まず一番に目に入ってきたのは、死体の山だ。
俺達がここを離れる前より、標高は少し高くなっている。
この一瞬で、どれだけの命が失われたのか…
その悲痛さを物語るにはそれだけで充分だった、
そして、死体の山の周りでは、必死に逃げ惑う奴隷たち。
女子供であろうと、監視達は容赦無く追い回す。
それも、悪趣味な笑みを浮かべながら。
捕まれば最後、監視達が手に持つ凶器で痛めつけられるのみ。
あるものは、死の直前まで暴行を加えられ、またあるものは、ギリギリ死なないであろうラインをずっとせめられ、死んだ方がマシだと思ってしまうほどの責苦を課せられている。
そこら中見渡せば、腕や足が無い者は大量にいるし、ひどい者では、目が飛び出ている奴もいる。
「奴隷は商品じゃなかったのかよ…」
しかし、この惨状を目にして、ショックを受けている暇はなかった。
この惨状が先に目に入った事によって、完全に頭から抜け落ちていた事…それは、声の主の居所だ。
俺達を見つけた監視達と俺達との間に空いている距離は、あと10mも無い。
「何してるんだよトウマ!
早く逃げなきゃ!」
「よーし…俺ぁあっちのヒョロイ方な」
「じゃあ俺は、右にいるやつだな」
アズサの声と、必死に引っ張られた左腕の感覚で、俺はショックを受けて呆けていた意識を取り戻す。
意識を取り戻すとすぐに、俺達は一目散に走り出す。
それを見た監視達は、俺たちに向かって走り出してくる。
必死に俺達は足を動かすが、AG値で大きく上回られている監視達にすぐに追いつかれてしまう。
「アズサ!お前だけでも逃げろ!」
「でも!」
「良いから行け!」
「…絶対生きて帰ってきてね…」
「当たり前だ!
後な…絶対、アズサを奴隷という呪縛から解き放ってやるよ」
「…約束だよ…」
声を震わせ、涙を流しながら言葉を投げかけてくるアズサを背に、俺は
…なーんか、フラグ立った気がするけど、まぁなんとかなるだろ。
俺にはスキルもあるし、例えAT値が最低値であっても、なんとかなるだろう。
「おうおう、威勢がいい奴隷がまだ残ってるぜ?」
「こいつは遊び甲斐がありそうだなぁ」
下賎な笑いを溢しながら、じわじわと距離を詰めてくる。
幸い、アズサを狙ってた野郎もターゲットは俺に変更してくれたようだ。
この死線を越えれば、多分だけど夢見た勇者にグッと近づくはずだ。
「さぁ来い!」
✳︎
「トウマ…大丈夫かな…」
まだそんなに時間は経ってないと分かっているのに、心配だけが強まっていく。
なんとか逃げ切れた僕は、他の労働場所に辿り着き、必死に手を動かす。
頭に残っているトウマの背中を、意識の外へと追い出そうとするけど、いつまで経っても、その背中の記憶が薄れる事はない。
「おいお前、手の動きが鈍っているぞ」
後ろから声をかけられ、声のした方へと顔を向けると、監視が立っていた。
「す、すみません!」
必死に謝ってなんとか許してもらえたが、罰を課されていたかもしれない行動を、自分が取っていたことに驚きを隠せない。
ここ数年、絶望に重なる絶望だけが脳を支配し、ただ生きることだけを考えて労働を続けていた。
結果的に、それが真面目に労働をしているという認識になり、監視たちから罰を与えられる回数は極端に減った。
かれこれ一年近く、僕は罰を受けていない。
「あんたすげぇな。
監視達から見逃してもらえるなんて、どんな方法使ったんだよ」
近くにいたおじさんに話しかけられるが、上手く言葉が出てこない。
僕がやっている事は、考えずに労働に励んでいるだけだから。
行ってしまえば、媚を売っているのと変わらないのだ。
それをどう言葉にすればいいか分からず、取り合え何かを言おうとしたその時、
‘ドカァーン!!’
遠くから大きな爆発音が響いてきた。
そこにいた全員が音のした方向を向くと、大きな黒煙が上がっていた。
確かあっちは…トウマと別れた方向だ!
トウマに何もなければいいけど…
「おいお前ら!
早く労働に戻れ!」
監視たちは慌てた様子で僕たちに怒鳴るように命令する。
ここにいるほとんどの監視たちは職務を全うし、音のした方向へと走り出す。
残った監視達は、僕たちを見張りながらも、その音に対する警戒心を高めていた。
…だが、一部の監視はそれをせずにいた。
先程奴隷で遊べずストレスの溜まった監視たちは、緊急事態を
次々に倒れていく奴隷たちを見て、僕は頭が真っ白になって、動けなくなった。
そんな格好の餌を、監視が見逃すわけもない。
図体のデカい監視が僕の前に立ち、持っていた斧を僕に振り下ろそうとする。
(…僕の人生、ここで終わりか…
しょうもなかったな…こんな終わりを迎えるなら…生まれなければよかった)
枯れたはずの涙が、また僕の頬を滴っていく。
その事実が、僕の涙が枯れていなかったことに対する一抹の安堵と共に、生への執着を気づかせることになる。
(あれ…なんで…)
死を覚悟していて、それを受け入れたはずなのに、死にたくないという気持ちが心の底から湧き上がってくる。
「誰か…誰か助けて…」
そんな意味のない言葉が口から漏れ、ぎゅっと目を瞑る…が、いつまで経ってもその時は訪れない。
恐る恐る目を開けてみると…
「…俺の友達に何してんだよ」
片手で斧を掴んで、僕の前に立つトウマの姿がそこにあった。
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