第5話 絶望のレベラップ道

「で、奴隷クンのお名前は?」

「…燈護」

正直、こんな深海魚顔のオッサンに名前を明かすのは癪だが、今の俺の職は奴隷。

もしここが、俺の知るような世界なら、最底辺の職である。

あまり変なことをすると、また罰を課されて自分の首を絞めることになるだけなので、下の名前だけだが、正直に答えておく。

「トーマ…良い名前ねぇ。

しかも顔も良いときた。

あてくし専属の奴隷にするのも悪くは無」

『スキル【苦痛耐性アンチペイン】を獲得しました』

さっきよりも粘度を増した声で、きっしょくわるい話を遮るように、脳にスキル獲得を告げる機械音声が響く。

ナイスタイミング!

「…ちょっと、聞いてるの?」

「…え?あ、あぁ、勿論」

「ほんとかしらねぇ…

まぁ良いわ、とりあえず背中向けて?」

唐突に命令されるが、俺は正直こんなオッサンに背中を向けたくない。

予測はつくが、何をされるかわかったものじゃないからだ。

幸い、まだこのおっさんが俺の主人じゃないので、抵抗しても罰が下される事はない。

が、それはあくまでおっさんの命令だ。

「早くクルドー様に背を晒せ」

勿論ジャークの命令に背けば罰が科される。

ジャークからの命令に対する反応が遅れ、俺は罰を課される…

が、いつまで経ってもあの苦痛は訪れない。

一体何が罰として課されたのだろうか。

そもそも、罰が課されたかどうかすら不明である。

「なぜ罰による苦しみが現れない⁉︎」

動揺しているのはどうやら俺だけじゃ無かったようで、驚きと焦りが混じった様子でジャークが言葉を発する。

しかし、クルドーが動揺している様子はない。

それも想定内とでも言いたげな、意味深な笑みを浮かべている。

「ジャーク、取り敢えずトーマクンを押さえててくれる?

あてくしが改めて、紋章クレストをつけ直すから」

「分かりました…」

困惑した様子のジャークは、命令通りに俺の身体を拘束し始める。

その手際の良さは、何人もの奴隷をこうしてきたのであろうことを示している。

勿論黙ってされるがままになる訳もなく、必死に抵抗するも、武術が人より秀でているだけのただの高校生と、奴隷を従えるほどの力を持つ大人とでは、力の差は歴然だ。

確認はできないが、レベル差もあるだろう。

ほとんど何もできずに拘束され、無様に背中をクルドーに晒す形となる。

後ろでは、クルドーが例の筒を探している。

「ジャーク、アンタは何を罰としていたの?」

「私は苦痛ペインを…」

苦痛ペイン…?

…もしかして、さっきの苦痛耐性アンチペインってスキルのおかげだったりする…?

いや、そうに違いないだろう。

「ならあてくしのとっておきをトーマクンの罰にしちゃおうかしら♪」

「…あれをだす気ですか?

腐っても商品なんですから、壊さないでくださいよ」

「いいのよ別に…ほら、早く押筒スタンプ出して?」

俺が1人考え込んでる間に、何やら物騒な話をしているが、ひとつの奴隷紋につき与えれる罰は一つみたいだ。

ついでにあの筒の名称も知れた。

これは運がいい。

「じゃ、ちょーっと我慢しててねぇ」

これから起こるであろう新たな苦痛に身構えて、紋章がつくのを待つ。

…が、先ほどと同じく、苦痛が全身に広がることは無かった。

代わりに、ナメクジのようなヌルヌルとしたものが全身に這い回るような不快感と寒気を覚え、俺は冷や汗をかくとともに身震いする。

生きてきた中で、ぶっちぎりのトップレベルの気持ち悪さだった。

「さて、これで終わりよ〜

一応聞いといてアゲル。

何か質問ある?」

「…なら一つ。

レベルアップはどうやったら行えるんだ?」

「あら、そんなことも知らないの?

レベルアップを行う為には、何かしら功績を打ち立てて、その功績に見合った分の光の粒子…あてくし達はこれをアンデゴ粒子と呼んでる粒子を浴びることで、レベルアップに一歩近づくわぁ。

レベルアップすれば、ステータスの上昇は勿論のこと、さまざまな恩恵を得れるわよ。

でもね、奴隷を生業としている人間は、他の人間と違って、一度に得れるアンデゴ粒子の量は格段に少なくなるし、その上、レベルアップに必要な総量はとてつもなく多くなってるわぁ。

まぁ、レベルアップなんて諦めることね」

「……なるほど」

「じゃ、あてくしは他のお気に入りちゃんと遊んでくるから、ジャークはトーマクンに仕事を振っといて頂戴」

「承知しました…

行くぞ」

なるほどな。

アンデゴ粒子=経験値で、それを貯めるとレベルアップに繋がると。

が、奴隷は得れる経験値量は少ない上に、1レベル上げるまでに必要な経験値は他の職より多くなっているのか。

なかなかレベルアップは骨が折れそうだ…

だが、この世界は俺のな部分が多い。

これなら、俺が奴隷から這い上がるのにそう時間は要さないだろう。

「何をモタモタしている。

さっさと行くぞ」

感じなくなったとはいえ、感覚トラウマは脳に叩き込まれているので、無意識的に俺は急いでジャークの後ろをついていく。


✳︎


「今から貴様にやってもらうのは、掘削作業だ」

‘やめてくれぇー!!’

「この土を掘り、大きな穴を作ってもらう」

‘だずげでぇぇぇ!!!’

「この穴の意図は…すぐに分かることになるだろう」

…あのぉ、ジャークさん?

あなたの話、そこらかしこから聞こえる阿鼻叫喚の嵐のせいで、何一つとして頭に入ってこなかったんですが?

そもそも全然声聞こえなかったし。

ここでは阿鼻叫喚の嵐これが普通なのか?

すでに穴を掘っている他の奴隷達も、その声を気にする様子もない。

しかし、つべこべ言っている暇はない。

俺は夢見た勇者として最強の道を歩むのだ。

…奴隷の勇者なんて、現世で読んだ小説では聞いたことも無いけど…

まぁ、とにかくこんなところで道草を食っている暇はない。

さっさと労働を終わらせて自分の時間を作ろう。

ところで…

「スコップとか、掘る道具はないのか?」

「そんなものある訳がないだろうが。

そもそも、労働は一部を除いて、殆どが素手で作業してもらう事になるからな」

…なんと、素手で穴を掘るのが正解らしい。

クルドーの部屋を出た後、麻で作られた簡素な白い服に着替えさせられたから、自分の服が汚れるということはないだろうが、それでもやはり、服が汚れることには抵抗を覚える。

さて、これ以上何か言って時間を引き伸ばしたら、嫌な予感がするので、俺は急いで穴掘りを始める。

俺が労働を始めたのを確認して、ジャークはどこかへと行ってしまった。

「…ジャークに目をつけられるなんて、災難だったね」

穴掘りを続けていると、不意に左隣から声が聞こえてきた。

声のした方に顔を向けると、そこには淡い青髪の青年がいた。

中性的な顔は、もし栄養をしっかりと摂っていれば、モデルや俳優をやれていたかもしれないのではないか、と感じるほどには整っている。

身長は俺の胸あたりぐらいしか無いように見える。

「あぁ、名前がまだだったね。

ボクはアズサ。

君は?」

「…燈護だ」

「トウマ…トウマか。

良い名前だね。

これから長い付き合いになるかもしれない。

宜しく頼むよ」

差し出された右手は骨が浮いており、力を込めれば、音を立ててポッキリと折れそうなほどに弱々しい。

俺はその手を握り返し、こちらも挨拶を返す。

「あぁ、よろしくね」

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