第2章アソード村編

第12話 廃れた村

奴隷の墓場スレイブ・ヤードを出てから暫く歩くと、分厚い雲は後ろへ流れていき、晴天が広がる。

先ほどと同じように、その晴天の中で太陽が輝いているが、真ん中より少し左にズレているだけだったので、やはり自分の体感時間よりも、流れた時間はだいぶ少なかったようだ。

「…んー!

やっぱ、日光浴は気持ちいいな」

太陽から降り注ぐ日光を、こうやって体全身で浴びるのも悪くない。

全身といっても、麻のローブを羽織って背中を隠しているので、身体の前面…それも一部分しか日は当たっていない。

このローブは、監視から上着を寄越せと脅したら出てきたローブだ。

着させられていた奴隷の服は、先程のあれでボロボロになってしまった。

替えの服を着ようと思ったが、生憎サイズが合うものが探しても脅しても出てこなかったのだ。

クルドーの部屋でも探してはみたが、見つかったのはここに転生してきた時に着ていた学生服だけだった。

しかも、押筒スタンプを押された時に、上のワイシャツはビリビリに引き裂かれたので、残っているのはズボンだけだった。

なので、本当に仕方なく上半身半裸に麻のローブという、変質者の格好をしている。

しかし、アズサはそんなことを気にする様子もなくここまで歩いてきた様子だった。

そんなアズサに「お前も日光浴してみたら?」と声をかけようとしたが、その声が口から出てくることは無かった。

「あ…と、トウマ…太陽だよ…日光だよ!」

何故なら、アズサは俺の隣で涙を流していたからだ。

だが、その涙は先程までとは違うことは一目で分かった。

しゃくりをあげず、まるで自然とこぼれたと言わんばかりのそれは、深く感動したときに流れる涙に見える。

続く言葉から、負の感情を含んだものではないと確信する。

(太陽を見るのも、日光を浴びるのも、アズサにとっては13年ぶりだしな)

「太陽って、こんなに温もりに溢れた優しい光を届けてくれるんだね」

テンションが爆上がり中のアズサは、俺の周りではしゃぎまくっている。

今までの大人っぽい振る舞いばかりをみていたせいで、子供のようにはしゃいでいる姿を見ると、見た目よりも幼く見えてくる。

実際は歳相応のはしゃぎ方なんだろうが…

「アズサ、そろそろ先向かうぞ。

歩いてても日光は浴びれるからさ」

「はーい!」

アズサって、こんな元気だったっけ…


✳︎


「ようこそ、旅のお方よ…

アソード村は何も無い村だが、ゆっくりしていくと良い…」

1時間ほど道なき道を歩き続け、遂に集落にたどり着いた。

俺はともかく、アズサはヘトヘトになっており、先程の元気はどこかへ消えてしまった。

殆ど獣道を通ってきたのもあるだろうが、歩きすぎたんじゃなくて、さっきはしゃぎすぎたというのが一番大きいだろう。

着いてすぐに村長らしき爺さんが杖をつきながら出てきて、俺たちを歓迎してくれた。

村長は長い髭を蓄え、その髭が生えている箇所の素肌は一切と言っていいほどに見えない。

アソード村と呼ばれるこの村は、爺さん村長の言うとおり、最近開墾したであろう田畑と、雨風ですぐに倒壊しそうな質素な家、そして老朽化が進んでいるのだろうか、登ったら絶対すぐ壊れるであろうやぐらが数個存在する程度で、他は本当に何もない。

幸い、村長の家の部屋を一つ俺達に貸してくれる事になったので、寝るところには困らなさそうだ。

だが、一番気になったのは事だ。

見渡す限りの草原が村の周りに広がり、村の中と外を仕切る物はない。

つまり、野生動物や野盗の侵入を簡単に許してしまう状況にある。

…しかし、ここに来るまでの道中、野盗はおろか、1人も人間とすれ違うことはなかった。

動物や昆虫といった類の危険の少ない生物でさえ、ここに来るまでにみたのは数回程度。

仕切りを作らなくても問題がないのかもしれない。

そんな話をするのも野暮だと思い、俺は村長にこの話を言及するのはやめた。

「それではどうぞこちらへ…

部屋へと案内しましょう…」

爺さんがゆっくりと歩き出し、それに着いて行こうと歩き始めると、後ろから声が聞こえてきた。

「待てよ村長!

こんな部外者を村に入れるなんてどうかしてる!

早く追い出せよ!」

振り返ると、俺と同世代ぐらいの男の子が、俺達を指さして何かを言っていた。

「…カズ…人には優しくせよと習わなかったか?」

「そういう話をしてるんじゃない!

もしこいつらが盗人だったら」

「証拠もないのに盗人扱いするでない!

…すまなかったな、旅の方よ…

カズ…あの男の戯言には耳を傾けなくて良いからの…」

あ、この村長キレると怖いタイプの爺さんだ…

絶対怒らせないようにしよ…

「…ねぇトウマ、この村結構居心地良くない?」

いつの間にか復活していたアズサが、俺に近づいて話しかけてくる。

目の前でキレている男がいることなんて、全くと言って良いほど気にしていない様子だ。

「…あぁ、そうだな」

俺からすれば、居心地が特段いいとは感じないものの、別に居心地が悪いわけではない。

それに、アズサにとっては初めての墓場の外の場所なのだろう。

質素な村でも、あそこ墓場と比べれば居心地が悪くないと感じるのもおかしな話ではない。

だから、俺はアズサの意見を肯定するように返事をする。

アズサも居心地がいいと言っているし、行く宛も無いので、暫くはここで休暇を取ってもいいかもしれない。

カズと呼ばれた男の視線が気になるが、別にそうそう会うわけでもないだろうし、放置していても問題ないだろう。

村長の後ろに続いて、俺達は村長の家へと、改めて歩みを進めて行く。


✳︎


「…ときに旅のお方、其方達は昨夜の反乱の件はご存知か?」

村長の家の居間に通され、机を挟んで向かいあって座ると、村長が何やら話を始める。

昨夜の反乱?

なんの話だ?

俺達が墓場を出たのがついさっきのことだったから、少なくとも俺が起こした墓場の件アレではないだろう。

「いえ、存じ上げてはいないのですね。

詳しく教えてもらっても?」

爺さんは一度深呼吸すると、ゆっくりと話し始めた。

「昨夜にの、少し離れた国で、奴隷達の一斉反乱が起こったんじゃ。

お陰で奴隷達が一斉に逃げ出して、噂によれば近くまで逃げてきたそうなんじゃよ。

だから、カズを含め、村の者は皆ピリピリしておる。

奴等さえいなければ…子供も外で遊ばせてやれたものの、見ての通り、防衛できる様なものは何も作っておらんのじゃ。

カズ以外に村民が外にいなかったのは、を恐れてなんじゃよ。

どうか許してやってはくれんか」

なるほどねぇ…

つまり爺さん達は奴隷を恐れているわけ…ってことは俺達も恐れられてる訳かよ!

いやまぁバレなきゃいい訳だし、バレる可能性はまず無いが…

「…本当は、柵や武具を作れたら良かったんじゃが、儂らだけでは作るのも一苦労での。

旅の者達は奴等に目をつけられんじゃろうが、もし村民が襲われたら、迷わずこの村を見捨てて逃げるんじゃ…

少なくとも、奴等が其方らに危害を加えることはないだろうがの」

「大丈夫だよ!

トウマはすごく強いから、きっとみんなの事も守って…むぐ!」

アズサが余計なことを口走りそうになったので、慌てて口を塞ぐ。

アズサがスキル持ちは珍しいから隠しとかとか言ってきたくせに、その張本人がばらしそうになってどうするんだ。

俺は愛想笑いを浮かべて誤魔化そうとしたが、ときすでに遅し、多分しっかりと聞かれていただろう。

「ほっほっほ…気持ちは有り難いがの、この村の者は皆、追っ手に怯えて生きておる。

其方らが儂らを助ければ、其方らだって奴隷になってしまう…

そうなれば、其方らだって追っ手に追われる生活を強いられる…」

しかし、村長の口から出た言葉は、俺の予想とは違う言葉だった。

追っ手に怯える?

助ければ奴隷に落ちる?

そうなれば追っ手に追われる生活?

…もしかして…

「…其方らには伝えても良い気がしてきたの…

実は儂らは…」

「村長!

部外者に何をバラそうとしてるんだ!」

「もう良いのじゃ…

儂ら以外の者がここに来た時点で、もう逃げきれないじゃろうて…」

「けど…!」

…やっぱりか。

全てのピースは繋がった。

家として機能しているかどうかも分からない様なボロ屋に、開墾したてであろう田畑。

そして、村民が異様なまでに家に籠り、カズの部外者に対する敵意。

全てに納得がいった。

「儂らは皆…」

なんですか?

…いや、反乱を起こして逃げてきたなら、といった方がいいですかね」

言い淀んでいたので、俺の推論をそのまま口に出して行ってみた。

「…な、何故それを…」

「…まさかお前らが追っ手…」

村長は驚きを隠さず、カズは怯えの表情を見せる。

近くに身を守れるものがないか探しているのか、あたりをキョロキョロと見回している。

「安心してください。

俺達は追っ手じゃありませんし、奴隷だと分かったのも簡単なカラクリです。

しかしながら、それをゆっくり説明している暇は多分無いでしょう。

条件付きで、皆さんを助けるお手伝いをしましょう」

この時の俺は多分、そこら辺のペテン師より胡散臭い顔をしていたと思う。

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奴隷生活も悪くない!?〜夢見る学生は奴隷制度をぶっ壊す〜 御影 @ougasun

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