幕間 密談覗きしはエルフの少年

 住宅地の真ん中に建つ、ありふれた高校の体育館、その屋根の上で。白いシャツとデニム生地の短パンに、麻のような生地のフードを被った少年は、すっかり誰もいなくなったその場所を見つめながら、一人呟いた。


「まったく、である僕の洞察力を舐めないでもらいたいよ。人間の感情ほど読みやすい物もないってのに。どうして人間は、バレバレな嘘をつくのが好きなんだろうね?」


 そんな彼は、ドラゴンと並んでファンタジーを象徴する、空想上の物であると思われている種族の名前を口に出した。他でもない、自分自身がそうであると。


 だが、この世界にドラゴンの血を継ぐ者が実在するならば。……同じくファンタジー的存在である『エルフ』がいても、特に不思議ではないだろう。どちらか片方を肯定して、どちらか片方を否定するなんて都合の良い話はないのだから。


「まあ、ともあれ《竜の血脈ドラゴン・ブラッド》は見つけられたし。これで、次の継承者が、闇雲に力を振るうを殺してくれれば、僕たちエルフに身の危険が迫ることも少なくなるはずだ」


 世界の均衡はこの十数年で、確実に崩れている。彼の言う『新参者』――つまり、今まで異能といった、いわゆるファンタジーに触れてこなかったはずの人々がその存在を知り、あわよくば自分の力として振るってしまっているこの現状。


 このまま放っておけば、数の少ない彼らエルフ族は、新参の異能力によって、簡単に飲み込まれてしまうだろう。


 それだけじゃない。エルフ程度、ただの一部でしかない――『ファンタジー』世界の住人、その全てのバランスが崩壊するのも時間の問題だ。在来種の魚だけが平和に暮らしている池に、外来種をポンポン逃して生態系が破壊されていくのと似たような原理だろう。


 それほどの危機的状況であるのに、今代の《竜の血脈》の継承者はまるで役目を果たさない。


 だからこそ、彼は決意した。森の奥でひっそりと暮らしているはずのエルフが一人、異国の地までやってきたのが、その覚悟の現れとも言えるかもしれない。


 そして、彼はここに宣言する。


「今夜。新世代の《竜の血脈》を誕生させる。世界の均衡は――この僕が、決して崩させはしない」

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