6.教室は朝から騒がしく

「おはよう、神凪かなぎさん。……ちょっと、話があるんだけど」

「……おはよ。朝から、何?」


 ホームルーム前の教室にて。素っ気ない態度でそう返してくるのは、上鳴うわなきの隣の席に座る、赤髪にルビー色の輝く瞳を持つ少女、神凪麗音れおん


 しかし、普通ならば機嫌が悪そうとまで思えてしまう、そんな態度ではあるが……どうやら、神凪は昨日のことでもう怒ってはいないらしい。そもそも、彼女の場合は怒ってる怒ってない、その基準からして違う。


「えっ? 今、あの神凪さんが挨拶返してなかった?」

「ねー、珍しい……」


 ざわざわ、と。神凪のツンとした声に反応して、周りが続々と振り向いて驚いた様子になっているのがれっきとした証拠だろう。


 彼女に話しかけた所で、言葉を返してくれることさえ珍しい。根本的に神凪という存在自体、そういう性格と認知されているくらいなのだから、こうして話を聞いてくれるだけでもまだ今日は機嫌が良い方なのだろう。


「ただ、ちょっとここでは話せそうにない内容なんだけど……」


 上鳴がそう言うと、対する彼女は面倒なのか言葉も返さずに。制服のブレザー、その内側のポケットから取り出したメモ帳を一枚ちぎって、何かをすらすらと書き始めた。


「……ん」


 思わず漏れただけのような、小さな声と共に。書きなぐった内容を隠すように半分折にされた、可愛らしいデザインのついたピンクのメモ紙をこちらに渡してくる。


 それを開いて、神凪が書いた、口頭では言えないのであろうその内容を確認する。


『今日の放課後、体育館裏で話そう』


 秘密の待ち合わせ場所としては何だかオーソドックスだなあとも思いつつ。もしかすると、昨日の件でもう口さえ利いてくれないんじゃ、なんて不安が、彼の杞憂であったことにホッと安堵した。


 受け取ったメモを再び閉じて、そっとポケットにしまおうとした、その時。どこからともなくがやってくる。


「よう、御削っ。朝からそのチャレンジ精神は表彰物だけどな、相手が相手だから気をつけた方がいいぜー?」


 こんなにも朝っぱらだというのに、やけにハイテンションで、わざわざこちらに首を突っ込んできたのは――同じクラスに在籍する天河一基あまかわ いつき


 同じ高校一年生なのに、どこで差が生まれてしまったのかも分からない、二メートル近い高身長が特徴的で。獣のような金髪が自己主張の激しい、端的に表すならば、どんなクラスにでも一人は絶対に存在する『おバカ系キャラ』である。


「んで、お前は朝からなんでそんなに元気そうなんだよ」

「ま、オレにゃ持ち前の元気さしか取り柄なんてないしなあ? と・こ・ろ・で、」


 朝っぱらだしと油断していたのもあっただろう。が、そんな彼を前にして、一瞬でも隙を見せてしまった時点でこちらの落ち度だったとも言える。


「――その可愛らしいピンクの紙には、いったい何が書かれているんだいっ??」


 ニヤニヤと笑みを浮かべながら、メモを握る右手目掛けて、天河が強引に掴みかかってくる。


 あまりに突然の出来事で、抵抗する間もなく――神凪から受け取ったメモ紙が、彼によって奪われてしまった。


 二人きりで話している所を見られる、それ自体は正直どうだっていい。ただ、話す内容が内容だ。口外禁止と念を押された彼女の秘密。その根幹に関わってくる内容を話そうとしているのに、盗み聞きなんてされては困る。


「ちょっ、一基、返せよそのメモ――」

「少しくらい読ませてくれてもいいだろ? どれどれ……」


 椅子に座っていた上鳴が、ピンク色のメモ紙を掴む手を上げられては流石に届くはずもなく。書かれていた内容を、一基によって読み上げられてしまう。


「『』……、ふ、だははははははははははっ! 残念、振られちまったみたいだなあ。あははははははははははっっ!!」


 一瞬、バカが極まって、ついに書かれている日本語が読めなくなってしまったのかと心配になってしまった。


 だが、いくら成績は一年二組におけるバカ二号、上鳴をも下回り、クラスでも断トツで最下位を冠する彼であっても。ここまで大胆な読み間違いはいくら何でもしないだろう。仮にも高校に入学できているのだから、日本語くらいは読めるはず。


 ……つまり。


「はー、朝から笑わせてもらったぜ。……ほら、返すよ」

「あ、ああ」


 天河から返されたピンクのメモ紙には、上鳴が見た時とは違う。読み上げられたものと一言一句違わぬ文言が書かれていたのだった。


 書いた内容が、全くの別物に変わっていた。そんな摩訶不思議なメモを書いた張本人。隣の席に座る神凪を見てみると――こちらを横目に、どこか呆れたような表情をしていたのだった。


(何がどうなっているのか、全く訳が分からないけど……助かった。ありがとう)


 こうなる事を彼女は見越していたのだろうか。まるでタネのない手品のようで不思議だが、この際細かい事はどうでもいいかと、心の中で礼を言う。

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