5.その子供は識っている
昨日、あれほど衝撃的な経験をしたというのに。日付が変わってしまえば、昨日の騒ぎはなんだったのかというほどに普通な一日が始まろうとしていた。
「……昨日のアレ、夢じゃないん……だよな」
思わずそう疑ってしまうほどには、今日もまた、いつもと何も変わらない学校までの道のりをただ歩くだけだった。
だが、もし夢であれば、ここまで鮮明にあの光景を、神凪から受けた拳の痛みまでハッキリと覚えていないだろう。それが、あの一連の出来事を真実とする証拠でもある。
そして忘れてはならないのが《
「これから、どんな顔して何を話しかけるべきなんだ……?」
普通に話しかければいいじゃないか、と思われるかもしれないが。昨日は神凪が勝手にヒートアップした挙句家を追い出されてからそれっきりだ。
そもそも、昨日教室で不可抗力とはいえ覗いてしまったあの時までは、マトモに話したことすらなかった相手であって、いきなり口を利いてくれるかどうかさえも怪しい。
かといって、昨日の出来事がまるで嘘だったかのように平然と無視なんてしたら、逆に顔面パンチが飛んでくる可能性だってゼロではない。
正解の選択肢が存在しないノベルゲームかよ、と、自身の置かれた複雑な状況に、思わずウンザリしてしまう。
と、朝から色々考えすぎてキャパオーバー気味ながらも一歩ずつ、学校へと歩みを進めていると。ふと、後ろからトントン、と肩を叩かれたような気がした。
あまりに突然で、しかも人の気配すら感じなかったので、初めは気のせいだろうと思ったが、痺れを切らしたかのように少し強めに叩かれたので流石に気が付いた。一体誰だろうか、と振り返ってみると――そこには。
今は冬だってのに白いシャツとデニム素材の短パンで、その上から麻のような素材でできたフードを被って顔まで隠した――どこからどう見ても一般人ではない雰囲気を放つ、金髪ショートの男の子? 女の子? がいた。
性別が曖昧、というのも。身長は小学生くらいで、顔も隠れていてハッキリとは見えないため、どちらなのかが一見判断がつかないからだ。
そして。振り返った彼に向けて、その小さな子供の放つ中性的な声が、ある質問を投げかけてくる。
「ねえ、キミ。この辺りで、
その問いを聞いたその瞬間。
まさか、昨日の今日で、再び神凪の話を聞くことになるとは思いもしなかったからだ。……それも彼女以外の、第三者の口から。
もしかしたら、この子供が神凪の知り合いである可能性だって否定はできない。が、その可能性があったとしても。彼が返すべき言葉はたった一言だけ。
「いや、知らないな」
「そっか。……確か、この辺りに隠れ住んでいるって聞いたんだけど。まあ、知らないなら仕方がないね。ありがとう、お兄さん」
口外禁止。昨日、神凪とそう約束したのだから当然だ。見ず知らずの人にわざわざ教えてあげる義理もない。
それだけ言うと、その少年? 少女? は、さっさと歩き去ってしまった。
彼も彼で、人探しなら竜の血以外にも、容姿といった特徴とか、他にも色々と聞きようはあると思うのだが……何だか随分と諦めが早い。
(一応、神凪さんにも伝えておくべき……だよな?)
どこからどう見ても、あれはただの人探しではない。一分にも満たない出来事ではあったが、それでもひしひしと伝わってくる異様な雰囲気。そして何よりも、ピンポイントで『竜の血を引いた女の子』というワードが出てくるのがまずおかしい。
竜の血がどうとか、昨日知ったばかりのオカルトに対して当然、上鳴は詳しくもない。だが、神凪は昨日、竜の血を継ぐのは世界でたった一人……とか言っていたのを思い出す。
それが本当だとすれば、物珍しさに近づいて来る輩が居てもおかしくないだろうし、現に道路へとその拳一つで大穴を開けるまでの力は証明済みだ。その力が目的で――という可能性だってある。
特別、上鳴が力になってあげられるようなことはないのかもしれない。だが、今、ここで起きた出来事を伝えるくらいなら彼でもできるだろう。
そう考えながら、彼は直前まで感じていた気まずささえも忘れて。少し急ぎ気味に、再び歩みを進める。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます