7.竜の血脈、その役目

 放課後。神凪にメモ越しで伝えられた通り、体育館裏へとやってきた。


「神凪さん、朝はありがとう。あのメモの事……まるで魔法みたいで驚いたけど」

「まるで、というよりは、かしらね。これくらいの魔法は覚えておいて損はないと思うけど」


 比喩表現として適当に言ったつもりが、まさかのドンピシャだったらしい。


 ……やっぱり魔法まで存在してしまうのか、と、また新たな『ファンタジー』のご登場にそろそろ疲れてきたのだが――そんな上鳴を置いてけぼりにするように、赤髪の少女は早速本題へと切り込んでくる。


「で、話って?」

「今日の朝、学校に来る途中なんだけど、神凪さんの事を探してるっぽい人から話しかけられて。しかも、神凪さんのも知ってたっぼいし」

「ふうん」


 てっきり、もっと慌てたような反応をするかと思いきや、『だから何?』と言わんばかりに冷静だった。


「ま、追われるのも慣れっこだし。だからこうして正体を隠して過ごしてるんだけど」

「追われるって……やっぱり、その、《竜の血脈ドラゴン・ブラッド》を狙って?」

「んー。半分正解ってトコかしら」


 そうだろうとは思った。神凪だって、《竜の血脈》を継いだことによって竜の手足と翼を手に入れた、それ以外は普通の女の子だ。


 となると、追われる理由も自然とその辺りに絞られてくるだろう。


 ……だが、彼女が追われているのには、また別の理由も絡んでいるらしい。


「アタシが、アタシ自身の役目をしっかりと果たしていれば、こうして狙われることもないんだろうけど。『悪の象徴』なんて言われる竜の力なんて、好んで欲しがるのは何も知らない一般人か物好きくらいよ」


 完全な凶器である手足はともかく、翼はあったら意外と便利そう、とも思うが――それは、上鳴が彼女の言う『一般人』から見た感想だからなのだろう。


 神凪は続けて。


「そもそも《竜の血脈》を継ぐアタシには役目があるの。それは、世界に蔓延る『異能』を殺すこと。どう? らしいでしょ?」


 ――『ドラゴンらしい』。それが、具体的にどんな意味合いを持つのか。ゲームなんかのフィクションによく登場する強いモンスター、くらいのイメージしか持たない彼には想像もつかない。


 だが、あまり良い意味合いで言った訳でもない事は流石の彼にも感じ取れる。


「……でも、さっきは『役目を果たしてない』って言ったけど」

「そう。アタシは『異能』を殺し、世界のバランスを守るという役割のために生まれてきた。なのに、一度も『異能』を殺した試しがない。役目を果たしてない、ってのはそういう事」


 いつものツンと尖った声とは一転。あまりに弱々しい声でそう語る。あまり普段から聞きたくはない、物騒な言葉に対して、上鳴は。


「殺すって、言葉通りの意味で間違いないのか?」

「もちろん。こんなアタシに、もう誰も世界のバランスを守る役割なんて期待していない。だから、人間と《竜の血脈》を継ぐ二人で行う『儀式』を経て、新たに《竜の血脈》を継ぐ子を誕生させようとしてる。……これが、アタシの狙われる理由」


 なるほど。と上鳴は納得する。彼女があの時、秘密を知ってしまった自分を殺さなかった――いや、殺せなかったのは、その辺りが関係しているのだろう。


 自分の立場が危うい。そんな状況を解決するには、見てしまった一般人など殺してしまうのが一番手っ取り早いはず。そうしなかったのは、それこそ。


「……優しいんだな、神凪さんって」

「そっ、そんな事ない。ただ弱いだけよ。だいたい、こんなアタシのどこに優しさが残ってると思うの?」


 神凪は、自分ではそう言うが……。自身の立場が危うくなってでも、人を傷つけないという選択肢を取れる時点で、彼女は――強さと優しさを併せ持つ、そんな人間だという証明にもなるだろう。


 確かに神凪については、性格に少々難があって、冷酷で、近づきがたい。学校内ではそんな噂が流れているが、逆を言えばそれだけだ。何なら、それがカッコいいと称賛する声だってある。……つまり、神凪の『悪い噂』は一度も聞いたことがないのだ。


「……とっ、とにかく! 誰かに狙われるなんてアタシからすれば日常茶飯事だもの。御削が心配するようなことじゃない」

「そうか? まあ、俺に何ができるかって聞かれたらそれはそれで困るけどさ」


 ただ、神凪が誰かに狙われていると知って、放っておけないのも事実だった。面倒ごとが嫌いな、事なかれ主義の上鳴ではあるが。いざ、実際に面倒ごとに直面したとなれば話は別になってくる。


 少しでも役に立てれば、と首を突っ込もうとする上鳴に、神凪は改めるように。


「単刀直入に言うわ。これはシロウトが簡単に首を突っ込んでいい問題じゃないの。だから、この件はもう終わり。もうアタシだって子供じゃないんだもの。自分の事くらい、自分でなんとかするわよ」

「……そうか」


 彼女なりに、上鳴を巻き込む訳にはいかないと思っての言葉だったのだろう。そして、彼が《竜の血脈》だとかのファンタジーな概念については全くのシロウトであるのも間違いない。


 そもそも、相容れてはいけない二人だったのかもしれない。だって、住む世界からしてまず、根本的に違うのだから。



 何だか暗い話になってしまって、気まずい空気が流れる。……お互い、話すタイミングを見失ってしまったが、先に口を開いたのは神凪の方だった。


「ああ、御削。今日の朝みたいなことがあってもイヤだし、その……れ、連絡先くらいは交換しておかない?」


 少し顔を赤らめつつ、彼女は制服のポケットからスマホを取り出す。


 それを見た上鳴も、釣られるようにズボンのポケットからスマホを取り出しながら。


「連絡先? いいけど」

「なっ、なんでそんなに素っ気ないのよっ! 普通女子と連絡先を交換するってなったら、テンション上げて喜ぶもんじゃないの?」

「はあ、そんなもんかねえ?」


 確かに、上鳴の連絡先フォルダに、数少ない彩りが加えられるのは事実だろうが……。もし、ここでテンション上げて喜ぶ素振りを見せたら見せたで、何だかんだ言って馬鹿にしてきそうな気もする。


 ここはこうして平静を保っておくのが最適解なのだ。


「と、とにかくっ! 御削の用はこれで終わり? それならもう帰るけど」

「ああ、うん。……ありがとう、神凪」

「別にお礼なんていいわよ。アタシの秘密を知っている以上、もう完全に部外者って訳でもないんだし」


 そして二人は、軽く別れの挨拶を交わすと、二人で歩いて変な噂が立っても面倒だからと時間差で、それぞれの帰路についた。

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