8.役目を果たさない少女は
校門を出て。
「……アタシの役目、か」
説明の為とはいえ。自分で話していて、イヤになってしまう。その役目を背負う当の本人でさえ、あまり思い出したくもない内容だ。
異能を殺す。……より正確には、無秩序に異能の力を振るう者を殺す。
数万年も前から続くエルフ族など、異能の力が世界にもたらす影響を理解したうえで、その力を持つ存在ではなく。
何の理解もしていない一般人が、たまたま異能の力を手にしてしまったケース。
世界には、ちょっとしたキッカケで『異能』に触れたり、手に入れてしまった人間がいる。そうした人々は、世界のバランスなど考えなしに、ただ己の欲望、思いのままに力を振るうようになるのがほとんどだ。
自分だけが扱える特別な力を手に入れたうえで、自己を律せるような人間はあまりにも少ないのが現実。普段はどれだけ温厚で優しい人だったとしても、力という物は簡単に人を溺れさせてしまう。
……そんな人々を殺すのが、《
もしそれができるのであれば、昨日もきっと一人、殺してしまっていただろう。……そう。本来ならば、秘密を知ってしまった以上は彼――
だが、実際は殺す事ができないどころか、自らの置かれた事情について、こちらから話してしまっている。
「なにやってんのよ、アタシ。これじゃ、まるで……」
本来ならば、断ち切るべきの関係性。しかし、それを失うのが惜しくて、余計なことまで話してしまっているみたいだった。
このままではいけないと、ぶるぶるぶるっ! と気持ちを切り替えるように、首を横に振る。
……こんな気持ちに苛まれたのは初めてだ。ここまで彼、上鳴御削の事を気にしてしまう理由は、きっと
神凪が、上鳴を殺そうとしたあの時。――見抜かれたのだ。神凪の気持ちを。彼女の弱さを。自分の置かれた状況に、慌てふためく事もなく冷静に。
それを、ただ糾弾する訳でもなく、優しく受け止めてくれた。弱いだけの自分なのに『優しい』と肯定してくれた。生まれて十数年、そんな人物に出会ったのは初めてだった。……それが、彼女にここまで想わせたキッカケなのだろう。
そんな事を考えながら、竜の血を継ぐ少女が暮らしているにしては平凡な、だからこそ溶け込みやすい。そんな住宅地を歩いていた、その時だった。
――パシュウウウッ!! 風を切るような音と共に、何かが彼女の元へと飛んできた。それが、世間一般的な法則の域を出た力……俗に言うところの『魔法』で生み出された、金色に光り輝く『矢』であることに気がついた頃には、神凪の細い左腕を掠めていた。
「……んぐっ!? まさか、御削が言ってた、アタシを探しているっていう……? それにしては、嗅ぎつけてくるのが早すぎるような気もするけど」
制服越しに入った軽い切り傷からは、少しずつ赤い血液が溢れるように垂れてくる。幸い、腕が動かせなくなる程の痛みではないのが救いだった。
あの矢を放った、弓の使い手がヘタクソで助かったのか。もし直撃を食らっていれば、不意打ちでそのまま一方的にやられていたかもしれない。
「はあ。襲ってくるのは百歩譲っていいとして、制服を直すのだってタダじゃないんだけど。どこの誰だか知らないけど、修理代、キッチリ請求させてもらうから覚悟しときなさいよ」
だが、神凪は仮にも世界でたった一人の《竜の血脈》を継ぎし者。そんな彼女を敵に回すとは、あまりに身の程知らずとも言えるだろう。
言いながら、彼女はもうこれ以上穴だらけにしたくないので制服のブレザーを脱ぎ捨てて、上は白いシャツ一枚だけになる。手足は赤い鱗を纏い、そこから黒く鋭い凶器となる爪が伸び揃っていた。
そして、その背中からはシャツを貫通して、巨大な真紅の翼が現れた。……制服の修繕費ついでにこちらもキッチリ請求させてもらうので問題はない。
いざという時には中に入っている分厚い教科書類が盾となってくれる(かもしれない)青いスクールバッグを片手に、ゴウッ! と。その翼に力を込めて、たった一度の羽ばたきだけで、そのまま真上へと飛び上がる。
そして、空から辺りを見渡すと――見つけた。アパートの屋根の上から、こちらを見据える小柄な人影がそこにはあった。
白シャツとデニム生地の短パン、そして麻のような生地のローブで顔を隠している、今の季節から考えると異様な格好で、人々の暮らしの中に溶け込んでいるんだかいないんだか分からない。そんな格好だった。
かすり傷とはいえ手を出されてイライラ気味の神凪は、人影の元へと一直線に突っ込んで。その右手を強く握り締め、強烈な打撃を叩き込む。
ここまでの一連の動作、常人では視線さえ追い付かないくらいの速度だった。……だが、そんな一撃であるにも関わらず。彼女の右手には、相手に触れた感覚がなかった。
「……えっ? そんな。別に、そこまで手加減した訳じゃないのに……」
「遅いなあ。ロクに役目も果たさず、のうのうと暮らしてきた弊害じゃないかな」
当たると確信して放った拳。それが相手に避けられ、空振りで終わってしまった事により、神凪はその場でバランスを崩し、アパートの広い屋根の上へとごろごろと転がり落ちる。
そんな赤髪の少女を見つめる少年は、まるで期待ハズレで心底ガッカリしたように、魔法の矢を放ったのであろう木製の弓を、纏う麻のローブの内側へとしまう。
最早、彼女を相手取るのに武器さえ必要ないと言わんばかりだった。
「大体、『エルフ』である僕が『ドラゴン』のキミに、一対一で敵うはずがないんだよ。それこそが、キミがずっと怠慢だった証じゃないかな?」
「だ……、黙りなさいッ!!」
神凪は、吠えるように声を上げると、エルフと名乗った少年の元へと走る。ここはただのアパートの屋上である以上、互いの距離はそう遠くない。
相手が人間ではないと知り、本気で行っても問題ないと判断した彼女は。今度は確実に、鋭い爪を突き刺して相手を仕留めるべく、一直線に右手を伸ばす。
しかし、相手と爪の先端との距離があと数センチ、といった所で。……ふわりと、彼女の意識が急激に朦朧としてしまう。
やがて、全身に力を入れることさえままならなくなった神凪は、その場でぐったりと倒れてしまった。
「どうやら勉強の方も足りてないみたいだね。僕たちエルフ族が調合した睡眠薬は、即効性の高さからそこそこ有名だったはずだけど」
「そ、そんな……。睡眠薬なんて、いつ……ああ」
思い当たる瞬間といえば、やはり――あの弓を左腕に掠ったあの時、だろうか。
あれは、相手が下手だった訳ではなく。睡眠薬で眠らせる為に、わざと掠めるように撃った。
朦朧とした意識の中で。それから、神凪の意識が遠い場所へと飛んでいってしまうまではあっという間だった。
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