14.先の先を征く友人

』――まるで考えている事を読まれているかのようなクサイ台詞を上鳴うわなきへと向けて放ったのは、紛れもない。


「お前……一基いつき、なのか? どうしてこんな時間に、こんな所で。一体、何をやってるんだ?」

「何って聞かれると、まあ、あんまし大っきな声で言えるような事じゃあねえんだけどさあ? ちょっと、みたいな?」


 彼が何の話をしているのか、さっぱり分からないが――神凪かなぎが暮らすアパートの前で、上鳴へと声を掛けたのは、彼のクラスメイトである天河一基あまかわ いつきだった。


「ところで。さっき、否定しなかったって事はやっぱり――探してるんだろ? 

「……まさか、俺たちの話、聞いていたのか?」


 彼は、明らかに上鳴と神凪の、体育館裏でした話を知っているような口振りだった。……でなければ、ここで神凪という名前が出てくるはずがない。


 それに対して、天河は軽い調子で。

 

「《竜の血脈ドラゴン・ブラッド》がどうとかで狙われてるーって話なら、バッチリ聞かせてもらったぜー?」

「お前、隠す気もなしかよ……。ちょっとくらい否定しろよ……」


 堂々とそう言い放つ天河に、思わず彼は怒りを通り越して呆れてしまう。このバカにはどうやら、デリカシーという物が備わっていないらしい。まあ、これはこれで清々しい……とも言えるのだろうか?


 というか、あのメモ紙は確か、神凪によって違う文面へと差し替えられていたはずだし、どうやってあの場所を突き止めたかも謎ではある。やはり神凪の選んだ体育館裏という場所が、隠れて待ち合わせるにしてはベターすぎる場所だったのか。


 とにかく、あの話を聞かれてしまった事には変わりないのだから今更原因を考えたところでもう遅いし、今は至極どうでもいい事だ。


「まあそう怒んなって。お詫びに、神凪がいそうな場所、教えてやるからさあ」


 そう言うと、彼はスマホを取り出して。


「ほら、ここだ」


 まるで、元々送るつもりで用意していたかのような手際の良さだった。彼の言葉から少しして、上鳴のスマホへと送られてきたのは――地図アプリの、ある一点の位置情報を示すリンクだった。


 そのリンクを開いた先、この辺りの地図に赤いピンが刺さって示されていたその場所は、もう十年以上も前に廃校となってしまった中学校跡だった。


 上鳴が中学生になる頃にはもう、この校舎はボロボロになっていた記憶がある。……丘の上にある学校で、この辺りでも肝試しの定番スポットにもなっているので割と有名ではある。


 元々、彼も通っていた中学校はここにあったらしいのだが……まるで地獄のような勾配と長さを誇る坂を登った先、という立地の悪さから、今の校舎へと場所が移ったらしい。


「でも、なんでこんな所に神凪がいるんだ?」

「神凪が追われてるのは、《竜の血脈ドラゴン・ブラッド》を継ぐ子を誕生させる『儀式』のためなんだろ? だったら、その祭壇がある場所に現れるのは当然だ」

「ちょっと待て、祭壇? 何のことかさっぱりなんだが」


 天河は普通の調子で、上鳴の知らない単語を平然と口にする。

 

「ああー、流石に儀式に必要な条件までは聞かされてなかったか。ま、御削が《竜の血脈》を知ったのだって昨日みたいだし、無理もないか」

「……それだと、お前はずっと前から神凪の事とかも知っていた、みたいな口ぶりだけど」

「ま、そこらの人よりはちょびーっとだけ詳しいってだけだ」


 全くの部外者だと思っていた天河。しかし、実際は――上鳴ですら知らない事をも知っていた。天河一基という男。まるでいくら手を伸ばしても届かない、ずっと先の先を歩いているようだった。


 ファンタジー、それ自体はまだ受け入れられた。だが、それに、あまりに身近な存在が関わっている事に動揺を隠せなかったのだ。


 神凪ならばまだ、学校内でもかなり浮いているタイプだったからか、《竜の血脈》を継ぐ、まさしくファンタジーという存在そのものだったとしてもギリギリ受け入れられたのかもしれない。


 だが、天河は……まだ知り合ってから一年にも満たないとは言え、普通に笑って話していた間柄だ。そんな彼が、上鳴なんかよりもずっと前から、『ファンタジー』という別世界に足を踏み入れているという事を知って、複雑な気持ちに襲われるのだって無理はないだろう。


 心の整理が追いつかない上鳴だったが、しかし天河は待ってはくれない。


「んまあ、時間もねーし適当に説明するとだな……その『儀式』をするのにも色々と条件があって、『祭壇』もその条件のうちの一つ。ひとまずそれだけ頭に入れときゃいい。……助けたいんだろ、神凪を。だったら無駄な知識を入れている時間でさっさと助けに向かった方がいい」

「ああ、もちろん。……とにかく、そこに行けば神凪はいるんだよな。信じてもいいのか、一基」

「おう。丸々全部、信じてもらって構わねえさ。……オレは生憎、知識だけはあっても表舞台に堂々と立てるような人間じゃないんでね。竜の姫君の救出、御削に任せたぜっ」

 

 考えもしていなかった、思わぬ人物から託されてしまった『神凪の救出』という大仕事。そもそも天河一基とは一体何者なのか。何故、知識があってもそれを自分で活用しないのか。天河に対して聞きたいことはたんまりと積もり重なっている。


 だが、今はまず。人間としての強さを持っているからこそ、竜としてはあまりに弱々しい――そんな少女を救う為、天河から聞いたその場所へと向かうことにする。


「あー、そうそう、御削。この言葉は覚えておいて損はないだろうから、頭の片隅にでも突っ込んどけ。――『』。知る人ぞ知る、伝承の一部分だ」

「はあ、全く意味がわからん。けど、一応覚えておくよ」


 それだけ言葉を返すと、廃墟となった校舎跡へと走り出す。そんな彼を見つめる『傍観者』は、暗い闇夜の中で呟いた。


「神凪と関わりを持ち始めた時点で、まさかとは思っていたが……あの上鳴が、ねえ? これは久々に、面白いモノが見られそうだ。この停滞した時代を変えてしまう、そんな大波乱を起こすのは、もしや……」

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