10.一方、シロウトの高校生は

 一人で帰路についていた上鳴うわなきは、《竜の血脈ドラゴン・ブラッド》を継ぐ少女、神凪麗音かなぎ れおんに体育館裏で言われた、ある一言を思い出す。


「『シロウトが簡単に首を突っ込んでいい問題じゃない』……か。辛辣だなあ」


 手厳しい言葉だが、確かに彼女の言う通りでもあった。


 竜の力を持つ彼女と、運動神経も人並みで知識にも乏しいただの高校生である彼と。わざわざ比べるまでもなく、彼ではあまりに無力であるのも確かだ。


 自分では何もできないと分かっていても。それでも、神凪の事が心配になってしまうのは、やはり仕方のない事だろう。


 《竜の血脈》を継ぐ儀式の為に、その身を狙われている――あまりに非日常で、しかしれっきとした事実である彼女の置かれた境遇を知ってしまったのだから、気にするなという方が酷だろう。


「神凪さん、本当に大丈夫なんだろうか。何事もなければいいんだけど」


 確かに彼女は強い。人間離れした身体能力はもちろん、頼れる武器となる手足に、あの真紅の大きな翼で空だって飛べるのだろう。


 だが、それはあくまで。そんな頼もしすぎる装備を持ちながらも、ただの高校生である上鳴でさえ殺せない程に、神凪がスペック以外の面において弱いのを知っている。


 神凪が仮に、暴虐非道の、万人がイメージする凶暴な竜ドラゴンであれば、彼だってきっと心配はしていなかっただろう。だが、神凪は――竜の力を持っているだけの、ただの優しい高校生だという事を忘れてはいけない。


「……そうだ、連絡先。交換したんだっけか」


 ふと、彼はスマホを取り出した。電話アプリを開くと、ついさっき追加したばかりの項目に指を伸ばす。


 今日の朝みたいなことがもう起こらないようにと交換しておいた、神凪の連絡先だった。


「一応、繋がるかどうか確認、って事で」


 電話を掛けるか少し躊躇ったが、連絡を取るために交換したんだから使わないと意味がないだろうしと、適当な理由付けをして自分に言い聞かせつつ、発信ボタンを押した。


 ……プルルルルル。プルルルルル。スマホから呼び出し音が延々と鳴り続く。


「……あれ、無視されてる? いや、昨日の一件はもう怒ってないみたいだし、今日だって神凪の機嫌を損ねるような事を言ったはずもないけど……気づいてないのか?」


 一分程待った所で『おかけになった電話をお呼び出ししましたが――』といったアナウンスが流れ始めた。


 電話が繋がらない事を訝しみながらも、もう一度電話をかけてみると。


『おかけになった電話は、電波の届かない所にあるか――』


 今度は呼び出し音すらなく、第一声でアナウンスが流れ始めた。度々耳にする機会もある、ごくごく普通のアナウンスではあるのだが、最初に帰ってきたアナウンスと比べてみれば違和感がある。


「……?」


 彼の不審感はさらに増していく。


 一回目の電話は、端末の電源がついているものの応答がない時に流れるようなメッセージだった。だが、二回目は――そもそも端末の電源がついていないか、圏外の場所にいるかのようなアナウンスへと変わっていた。


 そのタイミングでたまたま電池が切れた? たまたま地下にでも入った? 時間もおかずに続けて掛けたのにも関わらず、こんな一瞬で状況は変わるだろうか?


 そんな極めて起こりにくい偶然よりも真っ先に、彼はある一つの可能性を疑ってしまう。


「まさか。……神凪が、危ないッ!!」


 彼女の身にがあった。憶測の域を出ないが、そうした可能性がたった一ミリでも存在するだけでも、彼にとっては動く理由になり得た。


 ここまで歩いてきた自宅までの道のりを慌てて引き返して。昨日、一度通った、神凪が一人で暮らすアパートまでの道を思い出しながら、気づけば無我夢中で走り始めていた。

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