レオンの疲弊する1日

ラファエルの楽しい騎士指導


 儂は退屈であった。


 今まで、【退屈】という感情は持ち合わせていなかったのだが、人間と契約をし、人間と関わりを持つ様になって以来、一人の時間が【退屈】だと感じる様になったのだ。

 そんな時は、大抵、ルーラの森の奥深くにある花畑で花を喰み、昼寝をして過ごす。だが、今までは、それで満足していたのにも関わらず、今の儂には物足りなさを感じるのだった。


「ヒューバート」

「どうされましたか? ラファエル殿」

「退屈じゃ。何か面白い事は無いかのぉ……」

「面白いこと、ですか……」


 ヒューバートは顎髭を撫でながら、難しい顔をし考え込んだ。そんな時だった。小僧が、ヒューバートの執務室へやって来た。


「失礼します」

「ああ、レオン。どうした?」

「日報を持って参りました」

「ああ、今日はレオンが当番だったのか。ありがとう」


 今日の小僧は侯爵家の護衛騎士の服を纏っている。最近変わった赤い騎士服は、小僧によく似合っている。なかなかな物だと感心しながら眺めていると、小僧が訝しげな表情で儂を見た。


「な、なんだよ。そんなジロジロみて」

「いや、よく似合っていると思ってな」

「何が?」

「人間の服がだ。儂も、そんな服を着たら似合うだろうか」

「え? 祖父さん、護衛騎士に興味があるの?」

「へ? いや、そうではなく……」

「ああ!! それは良い案だ! ラファエル殿、我が家の護衛騎士をやってみられたらどうだろうか? いや、護衛騎士達の育成が良いか……」

「いや、旦那様、それは止めた方が……」


 ヒューバートが何やらウキウキした顔で儂を見つめる。だが、レオンは嫌そうな顔をしている。


 これは……儂、どう反応する事が正解なのだ?


「そうか? 最近、ラファエル殿はうちの護衛騎士達とも仲良くやっているだろ?」

「いや、仲良くとかそう言う事ではなく! 祖父さんの指導は、俺でもキツいんだ! 人間には無理だって!」

「それは最高じゃないか! ラファエル殿に鍛えたれたら、我が家の護衛騎士達の力も今より底上げされるという事だ」

「いやぁ……祖父さん、強すぎるからなぁ。みんな、暫く使い物にならなくなるんじゃないかな……ってか……旦那様、俺の時と同じくらい目がキラキラしてますね……これ、ダメなやつだ……」

 

 後半、独り言の様にブツクサ言っていた小僧が、額に手を当てガックリと頭を下げる。


 これは、褒められてるのか? 謗られているのか?

 儂は、どこか居心地悪く、何とも言えない気持ちになったが、儂と契約しているヒューバートが、赤児の様なキラッキラの瞳を儂に向けてくる事もあり、何だか断り難い空気に当てられた。


「……まぁ、退屈凌ぎになるのら、ちょっとやってみるかのぉ……」

「え!? 祖父さん、本気!?」

「素晴らしいっ! 私も是非、手合わせ願いたい!」

「いやいやいやいや、旦那様! それは、本当にちょっと! お勧めしません!」

「早速、明日の朝から始めてみましょう、ラファエル殿!」

「あ、ああ……わかった」

「レオン、ラファエル殿用に騎士服を用意しておいてくれ!」

「マジかぁ……」


 儂は酷く戸惑ってはいたが、ほんの少し、ワクワクしてきた。

 小僧は「ちょっと、急いでみんなに言って来ないと」と、挨拶もそこそこに慌ただしく部屋を出て行った。



***



 ランドルフ侯爵家・護衛騎士専用談話室



 俺はランドルフ侯爵家の護衛騎士仲間に、明日の朝の鍛錬でラファエル祖父さんが指導に当たると伝えた。

 それを聞いた全員が、顔を青くしたのは言うまでもなく……。


 今まで、俺が神獣である事は、一部の古い使用人しか知らなかった。だが、先のバイルンゼル帝国との戦いで旦那様と契約した祖父さんの存在で、俺がラファエルの孫であると知られ、必然的に俺自身が神獣であるとバレた。

 最初こそ、みんな戸惑っていたが、これまで築いて来た関係性により「レオンはレオンだ。神獣だと知っても、俺たちとの仲は何も変わらない」と、すぐに受け入れられた。それでも、世間には秘密にする事は大事だといって、ランドルフ家に伝わる【禁句の術】を、ランドルフ家に仕える者全員が、自ら積極的に施したのだ。

 やっぱり、ランドルフ家に居る人間は、みんな良い奴ばかりだと、改めて感じた瞬間でもあった。


「ラファエルさんが指導って……レオンでもギリ耐えられるんだろ? 俺達がやれると思うか?」

「いや……だが、さすがにある程度、手加減はしてくれるんじゃないか?」

「神獣の力まんまで、来るわけないよな」

「そりゃそうだろ」


 護衛騎士に与えられている談話室で、みんなが話しているのを、俺は頭を抱え聞いていた。


「みんな……ごめん。祖父さんは絶対、手加減はしない……」


 事実は、伝えておかねば。アツイは手加減という言葉を、知らない。

 俺は過去、何度も死にかけている。……冗談ではなく。

 俺の言葉に、談話室にいる全員がゴクリと唾を飲み込む気配を感じた。すると、隊長が俺を呼んだ。


「一対一で無くても、良いんだよな?」


 その質問に俺は「なるほど」と思い頷いた。


「そうですね。何人か組んで、俺は援護します」

「よし。なら、今から作戦会議だ!」


 隊長の一言に、低く、しかし気合の入った返事が談話室に響いた。



***



 翌朝。


「---……一本勝負で行う。ラファエル殿、こちらに特別措置をさせて頂いても宜しいか?」

「特別措置とは?」

「神獣様と人間では、やはり力の差が大き過ぎるかと。そのため、我々は三人で一組とさせて頂きたい」

「なるほど……。まぁ、良かろう」


 隊長の後ろに並ぶ仲間が、小さく「ヨシッ!」と拳を握る。


「では、早速始めましょうか」

「うむ」


 一番に並んだのは、護衛騎士としては、まだ新米の二人と俺だ。


「なんだ、小僧も入るのか?」

「まぁね。手は抜かないよ」

「当然だ」


 祖父さんの瞳が鋭く光、小さく悲鳴が聞こえたが、俺が剣を構えると、新米二人も剣を構えた。


「では、始め!」


 隊長の合図と共に、祖父さんは最初から魔力全開で攻撃を仕掛けてきた。


「よし!! 予想通り! 行くぞ!」

「「はい!!」」


 俺は伊達に子供の頃から祖父さんと手合わせして居ない。祖父さんの攻撃の始まり、得意な術くらい分かっている。

 昨日の作戦会議は、大いに役に立ったのか、新米二人も随分と頑張った。

 俺は二人の援護をしつつ、祖父さんの隙をついて攻撃するが、祖父さんはやっぱり強かった。


「そこまで!!」


 隊長の掛け声で終わりが告げられる。

 俺は軽く息を吐き出したが……新米二人は、案の定、向こう三日は使い物にならないだろう、地面に倒れ込み気を失っていた……。


「ふむ。これは、なかなか楽しいではないか! 先の二人、手ごたえのある良い騎士であった! 次! 儂の相手になるのは誰だ!」


 一回戦を見ていた騎士達は、爛々と輝くラファエル祖父さんの笑顔に、どこか尻込みした様子だったが、どうにか気合を入れた二人が前に出て来た。


「ん? なんだ。小僧、またお前が三人目なのか?」

「なんだよ、不満なのかよ」

「いや。問題ない。では、始めよう」


 そんな感じで、俺が全試合に援護で入っても、俺を除き全部で十二人いる護衛騎士達は、最終的に地面とお友達になり倒れ込んだ。


「わははは! ラファエル殿! さすがですな!」

「旦那様……」


 俺は、息を吐きながら背後から愉快そうに笑ってやって来た旦那様を振り返る。


「ダン! 私と組んでラファエル殿に指導願おうではないか!」


 ダンと呼ばれた護衛騎士隊長が、えっ、と顔を引き攣らせた。


「隊長……無理しなくて良いですからね。隊長まで使い物にならなかったら、俺一人になります。一人で三日間護衛とか、流石に無理です」


 俺が隊長に耳打ちすると、隊長は「た、確かにな」と頷いたが、旦那様はそんな事はお構いなしであった……。


「さぁ、何をしてる! さっさと準備しろ! ラファエル殿、まだまだ行けますかな?」

「儂を誰だと思っておる。あと一試合くらい、なんて事はない」

「わははは! 素晴らしい! では、一本勝負! 始め!」


 旦那様が自分で開始の合図をだす。

 すると、旦那様は得意の闇の魔術を繰り出した。


「うむ。これはまた、手ごたえがありそうだな」


 祖父さんがニヤリと口角を上げた。


 ……やばい。これは、さっきまでとは桁違いの魔力を出すぞ。


 案の定、祖父さんは……。


「祖父さん! それは流石にダメだ!」

『何がだ! 本気の戦いに、敬意を表するためだ!』


 祖父さんは、神獣の姿に戻って空に飛ぶ。

 上から凄まじ雷がドゴンと落ちて来た。


 俺は急いで仲間の護衛騎士と隊長、そして旦那様と邸の方にも防御魔法を掛けて、空に向かって術を放つ。


『小僧! 甘い!』

「旦那様! そのまま闇の魔術を展開していてくださいよ!」

「おお! わかった!」



 ……。


 結果は、引き分けとなった。

 いや、引き分けに無理矢理する事になった。


 何故なら、俺が施した防御魔法が効いてなかった箇所があったようで、邸の一部が崩壊……。

 アレックスとエドワードが急いで鍛錬場へ駆けつけて、この鍛錬を収束させたのだった。


 その後、旦那様はエドワードと奥様に、こっ酷く叱られ、祖父さんはアレックスに諭されるように叱られていた。

 そして、祖父さんが何より落ち込んだのは、いつもアリスとアレックスが果物に魔力を込めてくれていた食事が、向こう一週間、二人の魔力無しのご飯が命じられていた……。


 俺? 俺が必死に止めていた事を分かっていると言われ、お咎め無しとなった。


 以後、ランドルフ侯爵家での鍛錬場に【ラファエル立ち入り禁止】となったのは、言うまでもない……。




番外編 レオンandラファエル編 完結

 




*********************


最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。

これにて、【闇の王と菫青石の宝珠】は完結となります。


近況ノートで「あとがき」のようなモノを書いております。


良かったら、立ち寄ってみてください。

https://kakuyomu.jp/users/seiren_fujiwara/news/16818023212986813950

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【闇の王と菫青石の宝珠】〜侯爵令嬢ですが、失踪した兄を探すついでに魔物討伐へ行って参りますっ!〜  藤原 清蓮 @seiren_fujiwara

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