アリスと団長の、とある休日

ふたりきりで


「えーっとだね、アリスさん?」

「何ですか? オリバー様」


 俺はグッと眉間に皺を寄せ両目をギュッと閉じ、奥歯を噛み締める。


 その愛らしい笑顔で、小首傾げるのはね、反則なんですよ。叱るに叱れなくなるんだよ。分かっててやってるのかな!? っていうかさ!


 ちょっとーーーー!!

 王都でお買い物中のみなさーーーん!!!

 見てーーー!! 俺の最高に可愛い婚約者ぁーーーー!!! 


 ハッ!

 落ち着け、俺!! 心の中で叫んでる場合じゃないっ!


「あのだね、アリス。今日は、何しにセンターに来たのか、分かっているかな?」


 俺は引き攣りそうな頬を無理矢理持ち上げ、微笑みながら訊ねる。


「はい! でーと、ですわよね? もう。ちゃんと分かっておりますわ」


 少し拗ねた様に上目遣いで見てくるアリス……。


 見てーーーーー!! 最高に可愛いのーーーーー!!! 見てーーーーーー!!!


「オリバー様?」


 長いまつ毛をパチパチ瞬かせ、不思議そうに俺を見つめるその顔が、あまりにも尊すぎて、俺はもういっかなぁと思ったりもしたが、いやいやいやいや! ダメだろ。ちゃんと、デートとは何ぞやをアリスに理解してもらわなければ。


「うん。デートだ。俺と、キミのね?」

「はい!」


 うん、元気がよろしい。って! そうじゃない。


 俺はアリスに一歩近寄り、耳元で囁く。


「なんで、アルが一緒なのかな?」

「え?」


 アリスは驚いた様子で振り返る。

 少し離れた場所で腕を組み、ニコニコと笑みを浮かべているアレックスが、そこに居た。

 片眼を眼帯で隠したその男は、王都内で映し絵が出回るほど人気騎士だ。変装らしい変装もせず、堂々と立つその姿は、既にお嬢さん達にバレており、遠巻きでキャッキャッ言いながら眺められている。

 因みに、隣にレオンまでいるのだよ。レオンまで。……まぁ、レオンは全くこちらを気にした様子もなく、イチゴという名前の新種の赤い果物を頬張っている。


「アル!? 何でここに居るの?」


 この反応……という事は、アリスは知らなかったのか。アルか。アイツが勝手についてきたのか。


 アリスがアレックスに駆け寄る。

 待て待て、嬉しそうに駆け寄るな。


だね、アリス。団長も、お疲れ様です」


 なんだ、そのあからさまな偶然を装う気が微塵も無い、は。


「アル……。俺の記憶が正しければ、お前は今日非番じゃなかったよな?」

「ええ、今日は、王都に用があったので。マーカスさんが、交代してくださったんです」


 犯人はマーカスか。

 確かに、昨日の帰り際に「明日はアリスと下町デートなんだ」なんて浮かれて言ってしまったな。昨日の夕方の自分が恨みがましい。

 恐らく、俺がウキウキで帰った後にアレックスに告げ口をしたのだろう。そして非番を交代……絶対、楽しんでるな。アイツ。明日、バッキバキにしごいてやるか……。


「アル、私たち、今から新しく出来たケーキ屋さんへ行くのよ。良かったら一緒に行かない?」

「ちょっ!! アリス!?」

「良いねぇ! 僕も興味があったんだ!」

「ちょっと待ちなさい! さっき、用があって休みにしたと言ったね!?」

「大丈夫です! もう終わりましたから! さぁ行こうか、アリス。レオン、行くぞ!」

「あ〜? ああ」


 何故かアリスは、アレックスと並んで嬉しそうに先を歩き出した。俺の横を通り過ぎながら、レオンが俺の肩をポンポンと軽く叩き、耳元に囁く。


「まぁ、頑張れ」


 俺は、ほんのり涙を浮かべた目元をゴシゴシと擦り、前を行く三人を追いかけた。



***



「アル、このケーキとこのケーキ、二人で分け合いっこしましょうよ」

「いいね! あ、でも、僕はこれも食べてみたいなぁ。レオンは、このケーキ頼む?」

「うん。果物が沢山乗ってれば、何でも良いや」

「了解。あ、団長どうします? コーヒーだけで良いですか?」


 何故、俺はケーキを食べない事になっているんだ。俺だって、アリスと分け合いっこしたい!!


「いや! 俺はこのチョコレートケーキを頼む」

「あ! それも気になっていたんです! オリバー様、少し分けてくださいませね!」

「あ、ああ! もちろん!」


 俺はアリスの肩を抱いてニッコリ微笑むと、ひんやりとした視線を感じる。チラリとその視線に目を向ける。

 

 ちょっと! アレックスさん!? 最近、あからさまに俺のこと敵視してません?!


 俺は軽く咳払いをして、予約していた席へと向かった。何故か、アレックスとレオンも一緒の席に着いたが、もうアリスが当たり前に「アル、こっちね」なんて言っているから、仕方ない……。え、仕方ないのか? 本当に?


「はい、アリス。半分ね」

「ありがとう、アル。じゃあ、こっちも! はい!」

「いいの? こっちの方が大きいよ?」

「うん。もちろんよ。食べて?」

「うん。ありがとう、アリス」


 俺は半目になって目の前の二人を見つめている。


 なんだ? この、ラブラブな感じ。

 あっれー? おっかしいなぁ。俺、婚約者の筈なんだけどなぁ! なんか、除け者になってないか!?


 二人で「美味しいね」なんて、幸せそうに笑みを浮かべてケーキを食べ始めたアリスとアレックス。

 いや、可愛いですよ。二人揃って微笑ましく思いますがね。だがしかし! これは、俺とアリスのデートな、ん、だ、よっ!


 俺は負けじとアリスに声を掛ける。


「アリス! ほら、こっちのも食べたいって言ってたろ?」

「わぁ! ありがとうございます!」


 俺はどこか意地になり、フォークでケーキを取ってアリスの口元へと持っていくと、アリスは素直に口を開けてパクリと食べた。その瞬間、俺は自分の行動が一気に恥ずかしくなり、顔が熱くなっていく。

 

「ん! 美味しい!」


 頬に手を当てて、ニッコリ微笑むアリスに俺は多幸感に満ち溢れ、そのフォークを自分の口の中に入れた。と、同時に脛に激痛が走った。


「イッデェ!!」


 目の前でメラメラと黒い炎を纏って(いる様に見える)アレックス……。


「オリバー様? どうなさいましたの?」

「い、いや! ちょっと、足をぶつけてしまったんだ。大丈夫、大丈夫だ」

「あら、治癒魔法をしましょうか?」

「いや! 大丈夫! すぐ治る」

「そうですか? お気を付けてくださいね?」

「ああ、ありがとう、アリス」


 和やかとは言い難いお茶会が終わり、アリスがお花摘みに行っている間、俺はアレックスに囁きかけた。


「あのな、アレックス。今日は婚約者同士の大切な時間なんだよ。頼むから、少し気を遣ってもらえないか?」

「僕が邪魔だと?」

「邪魔とは言ってない! ただ、アリスと二人きりになれる事は普段無いから、その、なぁ……わかるだろ?」


 俺が懇願すると、アレックスは目を細め「そんな下心丸見えで、僕が、はい分かりましたと言うと思いますか?」と冷たく言い放つ。


「アレックスよぉ……お前、小舅になってるぞ……」


 あんな可愛かったのに……と俺がぼやくように言えば、レオンがブフッと吹き出し笑った。


「レオン、笑い事じゃ無いんだ。頼むからレオンからも言ってくれ」


 レオンは笑いながら「アル、もう勘弁してやれよ」と言った。


「なに。レオンも団長の下心応援するの? アリスを守るのは僕らの勤めでしょ」

「過保護なんだよ、アルは。アルだって、コレットとキ……ッテ!! 足を踏みつけるな! アル!!」

「レオンが余計なことを言おうとしたから」


 いま、西の魔女殿とキスしてるって言いかけたな? レオンよ。


 俺の視線の意味に気が付いたのか、レオンが苦笑いしながら手をヒラヒラさせる。

 そうか。自分はラブラブな事をしながら、俺の邪魔をするとは。


 完全なる小舅だな! おい!!


「お待たせ致しました」


 アリスが戻ってくると、彼女が座る前に俺は素早く立ち上がり腰に手を回す。


「それじゃ、俺達はデートの続きをするから。アリス、アレックスは用があるらしいから、ここでお別れだ」

「ちょっ! 何かってに」

「なぁ、レオン! そうだな?」

「へ? 俺?」


 巻き込むかぁ、俺を……とボヤキながらも、レオンはアレックスの肩に腕を回して「また、後でな、アリス」と言って手を振った。


「レオン!」

「またな! アル、レオン!」


 店を出ると、俺はアリスを、レオンはアレックスを引き摺る様にして互いに反対方向へと歩き出した。


 どうにかデートを仕切り直しだ。俺達は、自然と公園へと足を進めていた。

 空いているベンチを見つけ腰を下ろすと、俺は思わず大きく息を吐いてしまった。


「オリバー様、お疲れになりました?」

「あ、ああ、いや、これは違うんだ。その……」

「アルが着いてきちゃって、ごめんなさい」

「え……?」


 アリスはクスクス笑いながら、話し出した。


「私達、ずっと二人だったから。それに、私は一度、死にかけているでしょう? 双子だからこそ、片割れが居なくなる恐怖が、人一倍強くて。……私自身も、アルが心配だけど……それ以上に。あの日以来、アレックスが必要以上に過保護になってしまって」


 東の魔女との戦いで、アリスは一度、死にかけ、西の魔女に命を助けられた。アリスが目覚めるまで二週間以上、時間が掛かった。その間も、油断は出来ない状態で、看病が常に必要だった。俺ももちろん、毎日見舞いに行ったが、アレックスは仕事をしつつも、殆ど寝ずの看病をしていたのだ。

 アリスが目を覚ました時のアレックスを、俺は一生忘れないだろう。


 魂の片割れ。


 ヒューバートさんは、そう例えていた。

 

「アリス」

「はい」

「約束する。これからは、俺がアリスを守る。何があっても。ついでに、騎士団にいる間は、アルの事も守ってやるから。安心しろ」

「あは! アルの事はついでなんですか?」

「当たり前だ。アイツだって、騎士だ。俺より魔力もあるからな。あー……だが、アルはちょっと危なっかしい所もあるからなぁ……」

「ふふ。ありがとうございます、オリバー様」


 柔らかく花が咲く様に笑うアリスを見て、俺も頬が緩む。


「愛してる、アリス」


 そっと頬にキスをすれば、アリスはくすぐったそうに笑う。そして俺の首に腕を回し抱きついてきた。


「私も、大好きですわ、オリバー様」


 耳元で囁く声に、俺は世界一幸せだと。アリスの身体を抱きしめた。



番外編 アリスand団長編 完結

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