第3話-終 「いらっしゃい。占いの店、コーシュカへようこそ」
放った。
水と炎が交じり合い、風が力を与え、土が取り込んで反射する。
相反する光と闇が、混ざり合い、拒絶する。
すさまじい熱と爆発が一点に集中した。
引き込まれた。それから爆風が体を襲った。
近くにあった家は吹き飛び、ガラスは壊れて、屋根が舞い上がり、破片が雪のように散った。
私はあわてた。ノーチが無事か、気が気でなかった。つまづきながら歩きだす。雪に足を取られる。転んでしまう。
雪を踏む音がした。顔を上げるとノーチが私の前にいた。良かった……。
ノーチはそばに来てしゃがむと、私を抱きかかえた。
「ごめん。ネネ。まだ生きてる」
「え……」
私は頭を上げる。
暗闇に、ぼうと魔法の光が灯る。
「全属性の全方位魔法。すばらしい。常人で無理であろう。さすが我が娘だ」
……そんな。
父は笑っていた。嬉しそうだった。傷ひとつつかなかった体で、私達を見下していた。
「なかなか良いではないか。認めてやるぞ。存分に認めてやろう。ふたりとも、父の元に戻るつもりはないか?」
ネネが振り向き、静かな怒りの声を上げる。
「何を言っている」
「いっしょに我が君の野望を叶えようではないか。すべての魂に堕落と穢れを。魔族が統べる死人の世界を作ろうではないか!」
「ゲスが」
「そんな汚い言葉を使うように教育した覚えはないぞ。やはりしつけというものが必要だな。この駄犬には」
その手には黒い剣が握られていた。
魔法剣……。
魔力で作られた必殺の剣……。
そんなこと、させない。
「みんな、お願い!」
雪の体を得た無数の犬や猫が父に襲い掛かる。
血の気が引いていく。魔力が切れる感じがする。
それでも……、それでも!
「ええい、うっとおしいわ!」
何かが軌跡を描いて光った。
黒い剣を振ったのだとわかった。
あらゆるものが吹き飛ばされた。
私とノーチも飛ばされる。雪の上を転がり、家の壁に激突した。
ノーチのうめき声が近くに聞こえる。
助けなきゃ、なんとかしなきゃ……。
目を開く。
倒れたノーチの頭を、父が足で踏みしめているのが見えた。
想いがあふれる。
また死んでしまう。またノーチが死んでしまう!
あの日と同じになってしまう!
私は這って進み、父の足をどけようとしがみつく。それは鉄の塊のようだった。私の力ではびくともしなかった。
「そんな程度か。そんな程度で父を止められると思っているのか」
「やめて! お願い!」
「なんとまあ……片腹痛いわッッ!」
「やめてッッ!」
父が足を振り払う。
蹴られる。
私は崩れるように倒れこむ。
父はノーチの髪をつかんで無理矢理起こすと、首に黒い剣を当てた。
「これで私も魔王様の覚えめでたくなるだろう」
苦しむノーチが、私に微笑んだ。
「ありがとう……、ネネ……」
犬は飼い主を選べない。
でも飼い主は犬のためにならなんでもする。なんでもできる。
なら、私も……。
私だって。
「何をしている」
自分の首筋に、持っていたナイフを当てた。
冷気にさらされた刃が、鋭く肌に触れる。
「お父さんは嘘をついています。あれだけ殺されかけたけれど、殺されなかった。あんなに脅されたのに、死ななかった」
「そうだが……」
「それはきっと私が魔族に必要だから。私の体と魂が必要だから。違いますか?」
ノーチが驚愕して私を見つめる。かすれた声で叫び出す。
「やめて、ネネ! そんなことをさせるために、私はネネを生き返らしたんじゃないよ!」
「ノーチ、私もありがとうって言うね」
力を込める。
痛みが走る。
血の雫が雪を汚す頃になって、ようやく父が叫んだ。
「これがおまえの生きる術か! 自己犠牲など……、実に……実に気持ち悪い」
つかんでいたノーチを放り投げると、私に対して黒い剣を向けた。
「その体と魂、やはり私がもらい受ける。このような者は、魔王様にも飼いならせない、下劣な者であろう」
黒い剣が動く。
私は納得していた。死を受け入れていた。
ノーチが助かるならそれでいい。それで……。
「終わりだ」
目を瞑ろうとしたら、父の腕をつかむ人の姿が見えた。
「その通り、終わりだよ。イグナチェフ公爵閣下」
長い髪を三つ編みにした人が、父を止めた。
それはデミトフ伯爵の屋敷で会った人だった。
月が出た。
闇が晴れる。
すべてを照らす。
大勢の衛士が私達を取り込んでいた。
大勢の司祭が術をかけようとしていた。
レオニードさんがいた。
そして、エルヴィラさんがいた。
父がそのようすを眺めると、黒い剣がかき消された。
「ふむ……。ここまでであるか……」
つかまれていた腕が離される。父はやさしい顔を私に向けた。
「ネネ。我が娘よ。また会うであろう。我が君はおまえを欲している。堕ちきった泥のような魂を」
「私の魂はまだ生きています」
「おまえがすべてを無くしてもそうしていられるのか、実に楽しみだ」
指がパチンとならされた。
父の愉快そうな笑い声とともに、闇の中へふたりが溶け込んでいった。
「消えた……」
ナイフが手から落ちた。
膝からがっくりと体が落ちる。
父を倒せなかった。
私はどうしたら……。
手にふさふさとした温かい毛を感じた。
「ノーチ……」
犬の姿に戻っていた。
黒い大きな体を抱えるようにして、私はノーチを抱きしめる。顔をうずめて、ゆっくりと息を吸う。
泣くことはしなかった。そんなことしたらノーチに笑われてしまう。だからこう言った。
「また、話せたらいいな。でも話さなくても伝わるよ。私はノーチのことが大好きなんだから。だから大丈夫。大丈夫だよ……」
力が抜けていく。
抱きしめることもできなくなっていく。
しゃがみこむ。
泣かないでいたかった。
それはもう難しかった。
ノーチがあふれる涙を温かい舌ですくってくれた。
「派手にやったね。ネネ」
顔を上げると、エルヴィラさんがいた。メイド服の上に付けられた鉄の装甲が、淡い月の光を反射させていた。
「いつもぼろぼろなんだから。ねえ、ノーチ」
ノーチはエルヴィラさんを見ながら、くうんと寂し気な鳴き声を上げた。
私はあふれる涙をそのままにして、エルヴィラさんに詫びた。
「ごめんなさい……。ごめん……なさい……」
「バカ。私を置いてくなよ。死んじゃったと思うじゃんか……」
エルヴィラさんが泣き始めた。鼻をすすりながら、安堵と悔しさが入り混じった顔で、立ったまま泣いていた。
泣き止んで欲しかった。ただ、それだけだった。
私は立ち上がると、手を伸ばし、エルヴィラさんを抱きしめた。
エルヴィラさんが応えるように、私に手を回す。
温かいやさしさに身をゆだねる。
もう怖くはなかった。
犠牲にしてしまった人の顔は、頭の中で変わらず私を責め立てた。
それでも、怖くなかった。
ノーチがそっと寄り添い、私を慰めるように体をこすりつけた。
■アシュワード連合王国 北都グレルサブ スネグラチカ通り近くの路地裏 占いの店『コーシュカ』 マルティ大月(3月)3日 11:30
そこは路地裏にある小さな占いの店だった。今日も誰かがやって来る。
たいせつだった友達の声をもう一度聞きたいという人が、私へ会いに来る。
私は玄関の扉を開けた。
「いらっしゃい。占いの店、コーシュカへようこそ」
あれ?
「……子供?」
そばにやってきたノーチが不思議そうにその子を見ている。
赤い髪をふたつに分けて結んでいる女の子が、黒いコートを引き寄せながら、灰色の空の下にいた。
手にした大きな四角いかばんを足元に置いた。
「あなたが死霊使いね。いい人そうでよかったわ」
「……どなたでしょうか?」
「月皇教会内赦院異端審問部所属、特務戦闘司祭、ライサ・スヴァントヴィートです」
「司祭様、ですか?」
「ああ、でも。こちらの呼び名の方が北方では有名かな」
女の子は子供らしくにっこりと笑って言った。
「『死霊使い殺し』のほうが」
後ろには大きな猫がいた。
確か……剣歯虎とか呼ばれていたはず。
その子は私を見極めるようにじっとにらんでいた。
影がないことを隠さずに。
「あなた……」
女の子は目を細めて言う。
「あなたに月の導きがあらんことを」
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ご愛読ありがとうございました。五体投地で大感謝です!
ひとまずノーチとネネの話は、ここで終わります。
ふたりのもふもふラブラブを読みたい方は、ぜひ☆や♡を押していただけたら嬉しいです!
反響が大きければ執筆を継続させていただきます!
よろしくお願いいたします。(*- -)(*_ _)ペコリ
もふもふ専門死霊使いは、虹の橋を渡らせない! -可愛がっていたあの子に会わせるから、私のそばにいてください- 冬寂ましろ @toujakumasiro
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