三、ひさしくんの部屋
コンビニへ移動してみたけれど、落ち着かない。ひさしくんと遊んだ記憶の中で、名前を教えてくれた子が二人いたのをついさっき、思い出した。
最後にひさしくんに会ったのは私が小五だったから、それより前だろう。顔はまったく思い出せない。
雑誌コーナーでタウン雑誌を手にして、少しページをめくってみる。おしゃれなカフェの特集号らしい。
時間に余裕があれば行ってみたいと思う店がある。今回、そんな余裕はないだろうと思った。でも、次に来るときに行ってみようかな。
「さやちゃん、おしゃれなカフェ好きなん?」
突然、真横に立たれ、声をかけてきたのは、たぶんマサくん。なんだか、ノリが軽い気がする。
「もしかして、そのカフェ行きたいん? その店やったらここから近いけん、すぐ行けるんよ」
「おばあちゃんにまだ会ってないですから」
「なんで敬語なん? それ今は、ええか。それよりな、ばあちゃん、待っとるもんな。ごめんな」
おばあちゃんの話をしたら、おとなしくなった。マサくんも、おばあちゃんに懐いていたのかもしれない。
パーキングに停めてある車の鍵をあけると、マサくんは私の荷物をトランクに運んでくれた。
車に乗ってから、マサくんは何も喋らない。もしかしたら、最初、緊張をほぐそうとしてくれたのかもしれない。
二十分くらいで、おばあちゃんの家に着いた。裏道を通ったみたいで、細い道をずいぶん飛ばしていたようだった。
「車酔いせんかった? 飛ばしすぎたかもしれん。はよ、着きすぎたわ」
マサくんは、苦笑いしながら私の荷物を降ろす。
「これ、どこに運んだらええかな?」
と、マサくんが言った瞬間、マサくんの左後ろに黒いモヤが視えた。
「さやちゃん、いらっしゃい。マサ、荷物は、ひさしの部屋に運んでや」
マサくんの後ろじゃなかったんだ。おばさんが、マサくんの左側からあらわれて、黒いモヤはおばさんの左側にあるのがわかった。
「久しぶりです。このたびは……」
「そんなんええから、はよ、荷物片付けて。義姉さん待っとるよ」
気のせいかもしれない。おばさんの言葉が、とげとげしい。お母さんとおばさんは、中学か高校のどちらかで先輩後輩だとか聞いていた。仲が悪いという話は聞いていない。
「おばさん、バタバタしよるからピリついとるんよ。さっきからずっとあんな感じやで。気にせんでええよ」
マサくんが、私の荷物を運び終えたのか、手ぶらであらわれた。
「荷物、ありがとう。私、ひさしくんの部屋、今、みておきたい。いいかな?」
「そうやな。見たいやろな。おばさん、あんな感じやし、ワンクッション置いたほうがええやろし。そしたら行くか」
すたすたと、マサくんは先を歩きはじめ、私は小走りであとに続いた。
おばあちゃんちは、すごく大きな家。廊下が長い。建物だけで百坪だとか。蔵の大きさは、ふつうの家の一軒分だし。
ひさしくんの部屋の前。
小さい頃は、この引き戸の前に立つのも嫌だった。どんな意地悪をしてくるのか考えただけで、涙ぐむこともあった。
「開けるよ」
マサくんが戸を引いて、ひさしくんの部屋が、当時のままそこにあるのが目に飛び込んできた。
学習机は、アニメのキャラのシールが貼られてある。壁には、アニメの映画版のポスター……なのかな、映画版と書いてあるからそうなんだろう。
「そのまんまなんだ……」
畳だけ、真新しい。それが、違和感。
「おじさんが、毎日きれいにしよるんやって」
「おじさんが?」
「ひさしがおらんようになった日のまま、そのまんまで掃除しよる。正直、きつい。おばさんは、まったく触らんのに」
「おばさん、この部屋に入らないの?」
「入れない、入りたくないとか
みたくない。それはマサくんの主観なんだろうけど、すこしだけ引っかかる。
「マサくん、ひさしくんは、事故だったんだよね?」
「事故やろ。事故でしかない。でも、なんでかあいつ、ただの事故やないんよって」
マサくんは、そこまで言ったあと、私の右側を見て、はっとした顔を見せた。
「マサくん?」
私も右側を見てみる。
「ひさ……」
ひさしくん。言いかけて、やめた。
マサくんに視えてないかもしれない。でも、あの表情は──。
「さやちゃんも、視えたん?」
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