第二章 はじまる

一、知らせ

 電車の遅延を知らせる電光掲示板を流し見ながら、ため息をついた。それからスマホをバッグから取り出す。

 ──ごめんね。電車、遅延みたいだから、遅くなるよ。駅に着いたら連絡する。

 友人宛てのメッセージを送信した。しばらくすると、【送信できませんでした】とエラーメッセージが現れる。

 私は、周りの様子をうかがう。キャリアやアプリの障害の場合、不満顔の人や文句を言う人がいるだろうから。

 でも、スマホを見る人に変化はない。どうやら、私のスマホの問題らしい。

 納得してから再送信しようとしたとき、ひどい耳鳴りとめまいで立っていられなくなった。ふらつきながら座り込んでしまうと、隣にいた女の人が「大丈夫ですか」と声をかけてくる。

「ええ、たぶん貧血、だと思います」と応えた。

 ゆっくり立ち上がった瞬間、スマホが震えて着信を告げた。

 お母さんから? なんだろう。

 ホームの邪魔にならない場所に移動しながら通話ボタンを押す。

『今、おばあちゃんのところにいるんやけど』

 弱々しい声で始まった会話は、お母さんの嗚咽で途絶えてしまう。電波が悪いのか、嗚咽は途切れ途切れにきこえた。

「お母さん? おばあちゃんがどうしたの?」

 ぷつぷつ途切れ気味の会話で要領を得ない。ただごとではないのは伝わる。

 どうしようかと悩んでいると、

『さやちゃん? 久しぶりやな。わし、彰人あきひとやけど。今、病院にるん。おばあちゃん、うなってな……』

「おばあちゃんが亡くなった? つい最近、電話で話したときは元気そうだったのに。お母さんは法事でそっちに行ってたんですよね?」

 優しいおばあちゃんの声がよぎる。泣きそうになるけど、今は、堪える。

『わしと嫁と姉さんで墓まいりしよって、突然倒れたんよ。救急車で病院着いてすぐってしもた。さやちゃん、出来るだけはように来てくれんか?』

「今、出先なので、いったん帰らないと。今日中に着くようにします」

 そう返事をして、自宅へ向かう。友人には、突然の訃報を知らせておいた。

 駅からアパートまでの帰り道、何度となく涙を拭った。体は動くのを拒否しているようだけど、止まっている場合じゃない、とむりやり動かしている。

 足がもつれ、何度か躓きそうになっていたけど──。

 ふと考える。電車の遅延、スマホの不具合、突然のめまい。

 これって、ただの偶然? 

 それに、お母さんと話していたときは、ぷつぷつ途切れてた。おじさんとのときは、ちゃんときこえていた。何かが、邪魔しているみたいだった──。

 あのときのめまいは、だったのかもしれない。

 虫というよりは、昔、ひさしくんが会いに来てくれたみたいに、何か意味がある知らせなのかな。

 なんだろう。嫌な予感がする。

 でも、行かなくちゃ。お母さんを支えなきゃ。おばあちゃんに、会いに行かなきゃ。

 

 アパートまで戻って、すぐに旅支度を整えて、また駅に向かう。

 何かあるとしても、ひさしくんが助けてくれる気がしていた。

 

 

 

 

 

 

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