四、揺らめく

 それを肯定するしかない状況で、私は頷くしかなかった。

「ひさし、言いたいことあるんやろ」

 小学生の時は、はっきりと視えていたのに、今は少し透けている。時間が経ってるからなのか、ほかに理由があるのか。気になるけど、今はそれよりも、マサくんが視えてることのほうが重要な気がして。

「気ぃつけてよ、さやちゃん。みたら、無視するんやで。、気ぃつけるんやで?」

 ひさしくんはそう言ったあと、マサくんをちらっと見る。

「マサは、いろんなもん無視してきよるな」

 ひさしくんは、少しだけ怒ってるように感じる。何に怒ってるのか、私にはわからない。

 マサくんにはわかっているんだろう。そのせいか、顔色が悪い。

「おばあちゃんに会えるの?」

「どうやろ。わからん。やけど、おばあちゃんは、さやちゃんのこと、ちゃんとわかってくれとるやん。いっつもそうやったんやろ?」

 ひさしくんはそう言ってから消えた。

 マサくんは苦笑いしながら、「そしたら、向こう、行こか」と、蚊の鳴くような声で呟いた。


 座敷に行く。マサくんは、別室ですることがあるらしく、そこには入らない。

 お墓参りで突然苦しんで亡くなったと聞いていたのに、おばあちゃんの最期の顔は、とても穏やかだった。優しくて穏やかな、今にもふんわり笑って声をかけてくれそうな、ただ、眠っているだけのような、そんな顔。

 あっちで、おじいちゃんに会えたからかな。おじいちゃんとは大恋愛だったみたいだから……。

 布団のそばで憔悴しているお母さんの隣にいる私は、堪えていた涙が溢れて、声をあげて泣きじゃくった。

 お通夜の間、お母さんはおばあちゃんのそばから離れなかった。


「姉さん、芳野を継がん言うて出ていったから、長い間そばにおらんかったのを悔やんどるんかもしれん」

 別室でお茶を飲んでいた私に、おじさんはそう言った。

「義兄さんが芳野の籍に入ってくれたけん、てっきり姉さんが跡継ぐんやとほっとしたんやけどなあ。あんなに弱っとるん見たら、これで良かったんやなあてなるな。やっぱり、母さんは、よう、わかっとる」

「おじさんは、継ぎたくなかったんですか?」

「こんなときにする話やないけどな。若い頃は、ふつうのサラリーマンになりたかったんよ」

 その言葉を発したおじさんの左肩に、黒いモヤが視えた。今はまだ、薄いモヤだけど。突然、あらわれたから、私はおじさんの左肩を凝視してしまった。

「さやちゃん? どしたん? 疲れたんか。東京から戻ってきたとこやし、休んどいでや」

 おじさんの肩のモヤが気になるけれど、私は何もできない。何も言えない。

 どうすることも出来ず、おばあちゃんが眠っている座敷に行ってみた。

 お母さんは、おばあちゃんのそばで正座したまま動かないようだった。少し離れたところにおばさんが座っている。

 おばさんの左肩に、黒いモヤが炎のように揺らめいていた。

 それは、お母さんに今にも襲いかかりそうなモヤに視える。私はどうにかしなきゃと思ったけど、足が畳に張り付いたように動けなくなっている。

 黒いモヤが、生きている人間に何かしようとするとは思っていなかった。

 動けない。声も出ないみたい。

 どうしよう。

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