プロローグ(2)
一〇月。雨が長く降り続け、後に大地震が起きた。今は三〇〇四年の、ある大震災で騒がれた年から約一〇〇〇年後の世界。歴史は繰り返します。
被災地、新潟県中越市から離れたある小学校の体育館。自衛隊やボランティアで訪れた人々が夜食を目の前で夜食の準備している。自分はまだ小学3年の何もできない少年だったから、手伝おうとすると足手まといであると言われて仕方がなくボーッと見ていた。
「お姉さん。」
「どうしたの?」
野菜を包丁でカットしていた手を止めてこちらを振り向いて視線を合わせた。僕の為にしゃがんでにっこりと微笑んで見せる。
「ん。」
スケッチブックの一ページを切り離してあげるとお姉さんに渡した。すると、驚いたことに小学生が書いたとは思えないほどの出来栄えだったことから、とても喜んでくれた。
「凄い上手だね。ねえ、これはなあに?」
お姉さんが尋ねると、僕はこういった。
「分からない。コンクリートの棒と、なんかの線。」
お姉さんは目を瞬いて一瞬固まった。そんなものがあるのか振り返って見てみるが、そんなものはなかった。それもそうだ。僕が見ていたのは一〇〇〇年前にはどこにでもある電柱だった。今の日本にはよほど田舎に行かなければ見ることも知ることもない。
「そ、そっかぁ。それじゃあ、私は作業に戻るね。」
反応に困ったお姉さんは逃げるようにまた野菜を切り始める。僕はまたボーッと辺りを見渡した。僕は普通に辺りを見ているだけなのに、周りの人と見ているものが違うことに気が付いていた。でも、それが何なのかは分かっていない。今日も夜が更け、また新しい朝がやって来る。
我が家を見に行ったのはそれから一週間後。家は壊滅していた。とても住めたものではない。我が家だけではない。道にはどこから来たのかも分からないゴミやら雑草やら死んだ鳩が隅に追いやられ、近所の家々も我が家と同じように横たわり、外に出た布団やらテーブルやらなんやらの家具は泥だらけだった。
「気を付けろよ。」
「うん。」
おねぇちゃんが頷くと、横にいた自衛隊員の人と一緒に家の中に入って行った。それを傍観していた僕はパパに訊く。
「なんでお姉ちゃん家の中入って行ったの?」
「大切な写真が中にあるんだってさ。」
写真?お姉ちゃん写真なんてとってたのか。知らなかった。後で訊くと家族にも秘密にしてたんだと。今の時代、昔の遊びをしてると笑われるからな。なんとも差別的な世の中だよな。少しすると、姉が片手に焼いた写真を持って、首には高そうなカメラを首に下げて中から出てきた。
「よし、行こうか。」
パパが避難所へ帰るのを促すと僕たち家族は横に並んで歩きだした。
「湊。」
「ん?」
自分の名前が呼ばれると首を傾げて姉の方を見る。この時は姉の方が背が高く、見上げるようにして顔を見た。
「これあげる。」
手渡されたごっついカメラ。
「お姉ちゃんの大切な物じゃないの?」
「まあね。でも、もう必要ないから。」
「ふぅ~ん。」
試しに姉に教わって一枚撮ってみた。カシャッというおなじみの音がする。データはSDカードに保存され、撮られたものを見てみると、今の酷く非日常的な風景に重なるようにまた違った非日常的な風景が重なった。それはコンクリートの道がひび割れて、現在では存在しない電車が横たわる。僕の知らない非日常の風景だった。
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