2‐6.

 今日の夜は、いつものように自転車を漕いで家に帰るが、玄関を開けることができなかった。頭をよぎるのは、兄の方しか見ない母と父。自分に対して興味が亡くなったと悟った中学生のときのある出来事。ドアノブから手を放し、玄関から遠ざかった時に聴こえた鈍い音。明らかに変だと思った。いつもなら野良猫かと思うが、それも違うと思った。音のした方角へゆっくりと目を凝らしながら近く。すると、暗闇からなんとか見えたそれは、制服着た女子だった。明らかに地元の中学の制服ではないし、同じ高校の制服でもない。彼女は横たわって声を出すこともなくジッとしていた。表情は暗くて読めなかった。

「救急車?救急車をよばなきゃ。」

慌ててスマホを取り出す。すると、彼女はとても落ち着いた声で言った。

「誰ですか?」

それは、柔らかく優しい声だった。その声を聴いて息を呑んだ。そして、彼女はもう一度言った。

「あなたは誰ですか?」

涙が出てきた。俺は姿も、性格も、何も彼女に関して知らなかったが。彼女のその声に惚れてしまったみたいだ。


―——・・・


 「あいつ、遅いっすねー。」

川辺のたまり場で毎日顔を合わせる20人弱のヤンキー集団のうち一人、川村が番長に話しかけた。いつも調子こいたやつだが、仲間想いではよく慕われるムードメーカーだった。今日もいつものようにカップラーメンを頬張って、番長の隣に堂々と座る。学校の制服のズボンは裾がボロボロで、上には少し茶色く汚れた白いパーカー、その上に前のボタンを開けて学ランを着ている。体系はわりかし細身だ。髪は唯一染めずに黒髪のままだった。

「奏ちゃんはいつも来てるわけじゃないしな。あの可愛い真面目ちゃんは本来ここに来るべきじゃない。頭もよさそうだし、どうしてこっち側来ちゃったんだろうて感じ。」

この頃、番長は奏の一番の親のようになっていた。この集団の中では一番体が大きく、学校は5回留年してるから一番年齢が高いので番長のような風貌からそのように呼ばれるようになったが、実はかなり優しい。つい可哀そうな人には寄り添ってしまう。見た目で怖がられてしまうのが持った無いほどだ。おかげでこの集団は道徳心に関してはヤバいやつはいない。多少、脳筋が集まっている感じだ。

「奏ちゃんの相談には乗る気はないんすか?結構あいつも重そうな感じがすっけど。」

「だって、あいつ繊細そうだからな。無理に聞き出す方が野暮だろ。」

「まあ、そっすよね。」

この集団は道徳心がヤバいやつがいない代わりに過去が重い人が多かったりする。そりゃ、何か理由がなくてはぐれたりなんかしないだろう。こんなやんちゃキャラな川村にだって、暗い過去の一つや二つはある。それでもこんなに笑っていられるのは番長のおかげなのだ。

「でもさ、奏ちゃんもちゃんと好きな人ができたら変わる気がすんだ。これは俺の勘だけどな。」

「確かに、女遊びがやめられなくなったやつはそれが一番の特効薬っすもんね。でも、それができてたら苦労しないんだろうなー。むずかしいーっすね。」

番長はビールの缶を一つ開けた。川村は火をつけて煙草を咥える。それから数十分二人で雑談していると、背が高い金髪の女、七海が声を上げた。

「ねえ見て!奏ちゃんが女の子抱えて歩いてるよ!」

それを聴いた川村と番長を始め、仲間全員がそちらを注目した。七海が言った通り奏がお下げの三つ編みをした女の子をお姫様抱っこをしてこちらへ歩いてくる。川村と番長は居ても立っても居られなくなって二人の元へ急いで駆け寄った。

「奏、その女はどうしたんだ。」

奏の額は暗闇の中よく見ると汗がにじんでいる。番長はその女を奏の腕から解放して代わりにおぶってやる。

「俺の、、、俺の家の隣の家の前で、、、前で倒れてた。」

奏は息が切れてまともに喋れていなかった。そんな奏の背中を川村がさすってやる。川村と番長は目を合わせて何かを悟る。この奏がつれてきた女も訳アリだと。


 場所を川辺に移して、七海は救急箱を持って横たわる彼女の横に座った。

「ちょっと、男どもはあっち行ってて。腹部がやられてるっぽいから少し脱がせる。」

七海はそう言って手際よく応急処置を施した。こういうとき女手が役に立つ。特に七海は中学生の頃マネージャーやってたらしい。そりゃ手際言い訳だ。他の女3人も彼女の手助けを黙々とこなす。そんな姿が奏にはカッコよく見えた。

番長、川村、奏を始め、男たちは丸くなってこうなった経緯を奏は話し始めた。

「あの子が救急車は呼ばなくていいって言うから、でもかなり辛そうだったからここに連れてくるしかなかったんだ。勝手に連れてきてごめんなさい。」

「謝らなくていい。お前が悪いんじゃないんだからな。」

番長が言うと、奏はホッとした顔をした。

「ご近所さんなんだろ?あの女について何もしらないのか?」

川村が言うと、奏首を横に振る。

「隣の家は最近引っ越してきたばかりでよく知らない。確か、佐々木さんだってことしか...。」

「そうか。はぁー、これからあの女どうすっかな。」

一通り、現状把握できた頃に後ろからその佐々木さんの声が聴こえた。

「ご迷惑をかえけてすみません。ありがとうございました。」

それは七海たちに掛ける声だった。それを聴いた奏はまた耳がくすぐったくなる。やはり、奏にとって息をすることすら忘れてしまうほど綺麗な声だった。

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