2-5.

 「じゃあな。ここあちゃん。」

ある深い夜、ここあという同い年の女子とお別れを告げる。

「じゃあね。ねえ、奏。本当に私と付き合う気はないの?」

その子はボブの胸の大きい子だった。それ以外は知らない。性格も、どこに住んでるかさえも。ここは体育倉庫。放課後、と言っても授業なんかろくに受けてないけど、一日の終わりにはここに来るか、どこか学校の穴場を先輩に訊いていくこともある。そこで何をするかは少し考えれば分かることだろう?

「あるわけねえじゃん。知ってるだろ?俺が興味あるのはお前のボディーだけだ。」

「きっしょ。でも知ってた。」

そして、今度こそさようならをする。一年目の秋の夜は少し肌寒いが、これぐらいが丁度よかったりする。毎日こうやって何かを発散しているようで、何かを心に埋めているような気がする。自転車に乗って誰もいない夜道を走る間、虚しくもなったりする。火照った体も家についた頃には冷えて、玄関の扉を開けたくはないので街をもう一度うろちょろしようかと思いまた自転車にまたがる。できるだけ交番がない場所へ。もう既に、12時を回っていた。

「おー!また来たか、待ってたぜ。」

ある川の近くのたまり場で、10人ぐらいのヤンキー達が群がっている。彼らは煙草を吸い、酒を飲み、カップラーメンを食べている人もいた。

「こんにちは。」

少し恥ずかしく、照れながらもペコリと会釈すると彼らに笑われた。

「お前、律儀すぎ。」

「もっと、楽にしろよ。ここは学校の職員室でもないんだぞ。まあ、職員室でも挨拶もお辞儀もしないがな。」

「そうだ!笑え笑え。」

彼らを見ていると、なんだか笑みが零れた。

「お!そうだそうだ。いい調子だ。」

はははっと声を上げて笑うと、彼らは同調して笑い出す。こんな笑える場所が、俺にとっては心の支えだった。見た目は怖い先輩ばかりだけど、実は同好会みたいな楽しい場所なのだ。

「東屋、お前に似合いそうなピアスいっぱい持ってきたぞ。」

そう言って並べられた沢山のピアスは、小さいものから大きいものまで沢山あった。俺はずっとピアスを持ってきてくれた番長と呼んでいる彼のような大きくてずっしりしたピアスに憧れていた。そのことを話すと、番長は喜んで沢山持ってくると言ってくれたのだ。

「沢山あって迷っちゃいます。」

「これなんてどうだ!ヘソピーとかドエロくね?」

「お前は引っ込んでろ。」

横から細身の調子がよさそうな男が遮ると、番長がすかさず抑えた。

「お前が選べ。人生記念すべき初ピアス。」

番長は優しく言っていくつかピアスを俺の手の上に乗せる。どれも素敵だと思う。今はサイズが大きいピアスに目が引かれていた。

「一度、いくつか家に持って帰って見比べてもいいですか?」

「いいとも、よく選びなさい。」

番長はそう言って俺の頭をぽんぽんと撫でてくれた。大きくてごつごつした優しい掌。自分の兄からも撫でてくれなかった。一番心が満たされる瞬間だった。


 「さようなら。」

いつも深夜2時には家に帰る。

「また明日な!」

「またなー!」

彼らはそう言いながら手を振ってくれる。まだ心がウキウキしている。今日も満たされたまま、自転車のペダルをこいで家へ帰った。彼らは、東屋奏が可愛いという会話で盛り上がっていることを知らずに。


―——・・・


 翌日、昨日の特に気に入ったピアスを三個持って学校へ向かった。学校に到着すると、赤く染めた自分とあまり身長が変わらない男子に話しかけられた。でも、上履きが違うので先輩だ。

「なあ、東屋。俺ゲイなんだけどさ。相手してくんね?」

「えっと...。」

言葉に詰まった。いきなりの申し出に、しかも男の先輩にこんなこと言われるのは初めてだった。

「俺が女役だったら、やったことないから無理っすよ?」

「大丈夫俺がやるから、お前のでかいの頂戴?」

心なしか涎をだらしなく垂らしているように思えるが、構わない。今日の相手が早く見つかるなら。

「いいですよ。やりましょう。」


 「はっー、マジ良かったわ。サンキュ。」

「いいえ。でも、昼休みにやるのも初めてですけど、こんなとこあったんですね。」

今までは室内が多かったが、ここは校舎の横のうっそうと生えた草むらの中だった。いい具合に壁になっている。

「知らなかったか?ここも結構有名だぞ。」

「そうなんですか?教えてくれてありがとうございます。」

先輩はフッと鼻で笑い、俺の肩に手を置いた。

「お前、実は根は真面目ちゃんだろ。なんでこんなとこ来ちゃったんだか。」

俺は言葉が詰まって頬を赤くした。何故なら自分の裸を見られるよりも恥ずかしかったからだ。

「えっと...それは。」

しどろもどろになる俺。そんな俺を先輩は可笑しそうに笑いながら言った。

「お前まじで最高だわ。そのキャラのままでいてくれよ。」

先輩は満面の笑みで教室へ戻って行った。俺はそのままこの場に立ち尽くしていた。


―——・・・


 今日の放課後も虚ろな目をして一度家に帰宅するが、玄関のドアノブに手を掛けても回すことができなかった。いつものように彼らの場所へ行くつもりだったが、この日はできなかった。何故なら...。

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