2‐8

 「えっと、こんばんは。」

その日の夜、隣の家の前で、りりいのことを待っていた。昼間のうだるような暑さが遠のき、熱を帯びていた風も今では冷えて肌を撫でる。すると体は昼間とのギャップで震え鳥肌が立った。

「こんばんは。待っててくれてありがとう。おじさんが寝るのを待ってたら遅くなちゃったんだ。」

笑顔を向けて来るりりいの額には昨日にはなかった痣がある。どうしてだろうと直視していたらりりいは困った顔になって言った。

「あはは。これね。机の角にぶつけてできちゃったんだ。滑って転んじゃってね。君が気にするようなことは何もないよ。」

直感でそれは嘘だろうと思った。もしそれが事実だったとしても、りりいがただ単に転んだわけではない。と、言いたがったがこの話題に触れてほしくなさそうだったから言わなかった。

「そっか。今日は行かないのかと思ったよ。夜遅いし、りりいの事だから真面目に学校行ってきたんだろう?この時間帯だと眠いかなと思ったんだ。」

りりいの感情は豊かだ。ムッと可愛らしく少しあざとく怒った顔をして首を横に振る。

「明日も行くって約束したじゃん。私は約束は絶対に守るよ。」

と、いいながら昨日の夜は寝落ちしてたじゃないか。俺は知ってるぞ七海たちが「可愛い。」と言ってほっぺをぷにぷにしたり、小声ではなしかけたりしてちょっといじめていたのを。俺はそんな彼女を真正面から見ていた。あれはそうとう可愛かった。

「なんでそんなに笑ってるの?」

「ごめん。」

俺は上がりすぎて外れそうな頬を無理やり下げてりりいをエスコートする。

「さあ、行こうか。お嬢さん。」

学校でよくやる誘い文句をすると、予想外に笑われすぎて暗闇で隠すように間抜けな顔をした。


―——・・・


 「よお!お二人さん。」

今日は始めに番長が声を掛けた。それに「こんばんは。」と俺とりりいは挨拶をする。

「よく来たねお二人さん。なあ、これ見ろよ。」

川村が見せたのはイヤーカフだった。銀色にシンプルなデザインで男でも付けやすそうだ。それを手に取ってまじまじと見つめる。すると、また川村は別のイヤーカフを見せた。これは左右デザインが若干違うがこの二つでセットらしい。りりいの方を見て手元のイヤーカフを彼女の横に並べてみる。りりいは不思議そうにきょとんと首を傾げる。

「俺、これにするよ。番長、沢山ピアス持ってきてくれたのに申し訳ないけど。今度全部持ってきて返します。」

番長の前で深々と頭を下げると、番長は笑って手を横に振る。

「いいんだ。いいんだ。俺もそれが似合うと思うよ。」

番長と川村は顔を合わせてにやにや笑った。

「りりい、片方君がつけてくれないかな?」

と言って、片方のイヤーカフを渡す。こっちは、真珠のようなビーズが埋め込まれてとても綺麗だ。ちなみに俺が手に持ってるのはシンプルなデザイン。

「わぁ。いいの?」

りりいは目を輝かせて受け取る。俺はコクリと頷く。

「それなら自由に取り外しができるだろ?少なくとも、ここに来るときは、つけていてほしい。」

「ふふふ。ポロポーズ?」

ポロポーズ?その言葉を聞いた途端、ボッと顔から火が噴いた。それを通目で見ていた七海を含め女子軍団は爆笑していた。そして口々に「閉まらないなぁ。」と冷やかされた。でも、その冷やかしも意外と嫌ではなかった。

「えっと、その。まあ、できるだけ長く一緒に居たい。」

すると、りりいはぱっと花が咲くように笑顔になった。

「いいよ。明日はさ。夜だけじゃなくて、学校帰りに会おうよ。放課後デートしよ?」

りりいは思ったより、積極的だった。もちろん、その誘いはOKした。


―——・・・


 翌日の放課後は図書館へりりいと一緒に訪れた。普段本を読まない俺にとっては何の本が面白そうだとかそういう話はできない。何も分からない。でも、彼女の目はキラキラしていて、退屈さは感じさせなかった。

「奏君はどんな物語が好きなの?」

「えー、どんなんだろう。」

本棚から適当に本を引っこ抜いてペラペラと捲ってみる。やっぱり少し読んだだけで飽きてしまう。彼女はそうではないんだろうか。沢山ある本の横を通り過ぎていく中、彼女は一冊の本を手に取る。

「これなんかどう?」

彼女が手に取ったのは漫画みたいな表紙の小さい本だった。ライトノベルと言うらしい。

「どんな内容なの?」

「そうねぇ。ベームの中の世界で主人公が活躍する本よ。」

俺は為にペラペラと本を捲ってみるが、残念ながらあまり読む気にはなれない。

「俺に読めるかな?長らく教科書以外の本を触ってないんだ。教科書さえも触ってないかも。」

「うーん。根気強く読めば続きが気になるようになるよ。あ、これとか好き。これはね。恋愛ものでね。・・・」

彼女は延々と語り始めた。もはや俺はお手上げ状態で、でも楽しそうな彼女を見ているのは楽しかった。彼女がそんなに楽しめるなら、俺も楽しめるかな。そう思って、りりいが紹介してくれた本を両手で抱きしめた。

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繰り返す歴史と君の夕暮れ 衣草薫創KunsouKoromogusa @kurukururibon

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