1‐3.

 ある時、また神社へ寄ると巫女のお姉さんの仕事する様子を見たくて物陰に隠れて観察していた。観察し始めた頃は箒で落ち葉を掃いていた。しかし、すぐにそれをやめ空を眺め始める。不思議に思って自分も空を見上げてみると、一羽の鳩が空を横切った。白い雲がゆっくり流れている。視界の端の緑の葉が風に揺らされていた。そして、耳に彼女の歌が流れた。

「ルールールールールルール ルルールルールー...」

とても綺麗な旋律で歌うものだから、目を閉じてその音だけに集中して聴いていた。どこかで聞いたことがある。僕はその音楽を知ってる。でも、どこで聞いたんだっけ。よく聞いてみると、僕の知っている歌とは少し違った。歌は全部「ル」だけで歌うから、ここまで来ている題名が思い出せない。なんだっけ。その歌はなんだっけ。歌の途中の一行だけ歌詞を歌った。

「あなたに生きててほしいの」

はっとした。僕はこの人を知っている。僕は彼女の名を呼んだ。


「リリイ?」


彼女は嬉しそうに微笑んだ。

「そうだよ。私はリリイだよ。」

「可愛い名前だね。」

「ありがとう。」


「...リリイ。」

「私はあなたが好きよ。」


――――……


『よるがあけないおまじないを教えてあげるよ。

 あけないよるはないんだってさ。』


目が覚めた。朝の陽ざしが目に当たって眩しくて手で遮った。

「大丈夫?」

「え?なにが?」

「湊、凄いうなされてたのよ。悪い夢でも見た?」

僕はつい先程起きたと思っていた出来事を思い出そうと頭を抱えた。さっきまでいつものように神社に行っていたはずだ。そしたら巫女のお姉さんが歌を歌い始めて、そしたらお姉さんの名前を思い出して、あれ、あれ、あれ?

「お姉さんの名前なんだっけ?」

「お姉さん?やっぱまだ熱あるんじゃない?」

熱?僕は熱でずっと寝てたの?じゃあ、神社は?巫女のお姉さんは?いても経ってもいられず、ガバッとベッドから跳ね起きて家の外に出た。途中、おかゆを持ったパパにぶつかりそうになりながらパジャマのまま階段を駆け下りていく。

「湊!どこ行くの!」

息が切れて、足が重たくなっていく。心の中ではお姉さんと叫んでいた。

着いた。いつもの神社に着いた。

「お姉さん?」

いなかった。確かに一日中ずっと神社で仕事をしてるわけではないだろうし、この神社のどこかに座って待ってみた。30分とか1時間とか待ってみてもお姉さんは来なかった。2時間とか5時間とかずっと待ってたけど来なかった。10時間とか日が暮れたあたりに来たのは姉だった。

「湊!こんなところで風邪ひくよ!」

僕は目に涙を一気に溜めて崩壊した。姉はこんなに大泣きしたのは赤ちゃんの時以来だったので唖然とした。

「おねえざんがいない。なまえおもいだしだのにまだわずれじゃっだ。」

鼻水をだらだら出して、ひっくひっくとしゃくりあげて、パジャマは涙と涎でべちゃべちゃで、ある意味とても愉快な姿になっていたと、未来の自分は思っていた。言うまでもなく、神社に巫女のお姉さんが現れることは一度もなかった。


――――・・・


 「なぁ。なんで毎日この公園来てんの?」

「んー?」

中学生になった今でも、何度も神社に訪れているのだから、一度も巫女のお姉さんが来ていないという証言に信ぴょう性が深まるだろう。

「やっぱここ公園なんだな。」

「何言ってんの?」

あのときあげたユリの花はどうなったんだろうか。あれから一度も見ていない。たかだか小学生のときの幻への恋。名前も顔もぼやけて忘れているのに、未だに忘れられない初恋。

 そして尚、幻像は色を濃くしている。

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