七福神
芦原瑞祥
神事
拘束期間七泊八日、報酬77万円。
しがない小劇団の役者の俺に、そんなおいしい、いや怪しいバイトが舞い込んだ。
なんでも海沿いの小さな村祭で、七福神の役をするのだそうだ。
ただ、「役」といっても芝居ではなく神事なので、祭の前一週間は精進潔斎しなければならない。毎朝海につかって祈る潮ごりをし、食べものは四つ足動物の肉は禁止。前日からは干し柿のみを口にして肉体を極限状態に追い込み、トランス状態を作りだして「神」を演じるという。
なかなかにハードな制約だから、77万円という金額もそこまで怪しくないのかもしれない。本来は、村人から七福神役を選ぶのだが、過疎化でどうしても一人足りなかったから、今回初めて外部の人間に声をかけたそうだ。
万年金欠だった俺は、これも芸の肥やしとばかりに承諾し、瀬戸内海の小さな漁村へと向かった。
「いやあ、東京からわざわざ来てもろて。ありがとうな。七福神の役じゃけえ、ラッキーセブンいうやつやな」
村長はそう言ったが、ここでの生活は「ラッキー」とはほど遠いものだった。。
まず、朝は四時にたたき起こされる。白衣に裸足で海へ入り
祭本番までは自由に過ごしていいのかと思いきや、神社の掃除が仕事として割り振られた。境内の落ち葉や雑草と格闘していると、あっという間に日が暮れる。晩酌をしようにも酒は禁止だし、近くにコンビニもないからお菓子も食べられない。
こりゃあ、なり手がないから高額バイトで無理やり頭数を揃えるのも無理はない、と思っていたが、意外にも村内では七福神役は希望者が多いらしい。女性は弁財天の一名しかいないから、取り合いだという。
「七福神役をやるとな、人生がラッキーな方へ転ぶんじゃ」
早朝の潮ごりの後、銭湯の熱い湯に浸かりながら、他の七福神役たちが教えてくれた。
「船を出せば常に大漁だったり、田畑の収穫量があがったり、意中の人と結婚できたり、子宝に恵まれたり。若い子の場合は、レベルの高い大学へ行けた、てのもあったな」
「DVや酒乱が治るってんで、家族の方が七福神にしてくれって神社に頼みに行ったりもするくらいだ」
「宝くじに当たって家を建て替えた奴もいたな」
眉唾ものの話も混じっていたが、この人たちが「ラッキー」を求めて志願したのは本当なので、信憑性はあるようだ。
「兄ちゃん、役者さんじゃって? 七福神やりよったら、テレビにバンバン出るような有名俳優になるで、きっと」
そんなこんなで俺は御利益と報酬77万円欲しさに、ラッキーセブンもとい七福神役をすべく、不自由な一週間を我慢した。
干し柿しか食べられない最終日を乗りきり、俺はよく眠れないまま祭本番を迎えた。
空腹で目が回りそうになりながら潮ごりをし、今日ばかりは神社の潔斎場で真水を浴びて身を清める。そして割り当てられた七福神の衣装を世話役に着せてもらった。
俺は恵比寿だった。橙色の狩衣をつけ、右手に釣り竿、左手に鯛の飾り物を持つ。他の七福神たちも華やかな衣装を着けているが、みんな空腹と寝不足でぼんやりとしていた。
拝殿へと連れて行かれ、七福神役の七人が御本殿の前に一列に座る。神職による
そのとき、御本殿の扉がゆっくりと開いた。
中から、何かが出てくる。それは実体のない影のようなもので、音もなく出てきて七福神の格好をした俺たちの前へと流れてくる。
俺はあたりを見回した。神職も、参列している世話役たちも、誰も影に気付いていない。そして他の七福神役たちは、焦点の合わない目でぼんやりと座るばかりだ。
影は七体いた。一体ずつが、七福神役の前に立つ。
俺の前にも、塗りつぶしたような闇色の影がいる。人の形をしているが、目も鼻も口もない。
これはまずいやつだ、逃げなければ! 心臓が張り裂けそうなくらい鼓動を打つが、俺は金縛りにあったように動けなかった。
影が、俺の鼻や耳、口を伝って中に入ってくる。そして押し出されるように、俺の意識が体の外へと追いやられた。
気がつけば、俺は神社の御本殿の内側にいた。扉の向こうに、俺の体の恵比寿をはじめ七福神がいる。
なんとかして本殿の扉から出ようとしたが、体がないから開けることができない。ふと振り返ると、他の六人も実体のない影となっていた。
『……わし、二回目なんだわ。ようやく思い出した、なんで忘れてたんじゃろ』
七福神役は二回目だという男性の影によると、この祭は神様が一年間人間の体を借りるための儀式だったという。
『一年経ったら人間と入れ替わって神様が御本殿に戻る契約じゃったのに、だんだん戻らん神様が増えて、とうとうみんなどこかへ行ってしもうた。それで、代わりの人間を七福神役に仕立てて一年ごとに入れ替わっとるんよ』
神様として御本殿に閉じ込められる一年間で、神通力を得ることができるため、入れ替わって人間に戻ると御利益的な力を発揮できるのだという。
『人間に戻れるのはいいが、やっぱり元の体、元の家族のとこへ戻りたい。じゃけえ、わしの体に入った奴が来てくれることを願って、「また七福神役をしたい」と忘れんように念じとったんよ。ここでの記憶は、人間に戻ると消えてしまうからのう』
『そんな! じゃあ俺は一年間このままで、一年後に別人と入れ替わって生きていかなきゃならないのか? 何が七福神だ。とんだアンラッキー7じゃないか!』
『なあに、入れ替わってしまえば昔の記憶は全部忘れる。神通力も得られるし、それなりにうまく生きていけるさ』
神事が終わり、七福神の格好をした七人が拝殿を去って行く。俺の体に入った奴が振り向いて、嬉しそうなえびす顔で笑うのを、俺は絶望的な気分で見送った。
七福神 芦原瑞祥 @zuishou
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