第2話 やんちゃな天使
この子の母親、つまり先輩の元奥さんは、この子を託児所に預けっぱなしで丸二日迎えに来なかったらしい。そればかりか、連絡すらつかない状態なのだとか。
困った託児所の職員は、緊急連絡先である先輩の携帯番号に電話をかけてきたというわけらしい。
「今日中に連絡取れなかったらジソウに連絡されるとこだったよ」
「ジソウ?」
「うん。児童相談所」
「マジっすか。何があったんだろう。早く上がってください。寒そう」
僕は先輩からビジネスバッグと、子供の物と思われるミッキーマウスのイラストが付いた、大きなトートバッグを受け取った。
先輩の息子の前に屈み「こんにちは」と話しかけてみた。
色白でふんわりほっぺ。くっきり二重の大きい目は先輩にそっくりだ。
先輩の息子は不安を一層深めた顔で、先輩の腿辺りにしがみつき顔を埋めた。
どうやら、まだパパの事は忘れていなかったらしい。
「お名前は?」
「ほら、ちゃんと挨拶しろ、お名前言えるだろう」と先輩がパパの顔になる。
「ななしぇはると」
「ばか! それはパパだろう」
「ななしぇりお」
かわいいいい!!!
七瀬という事は、離婚はしたが苗字はまだ変えていという事のようだ。
「りおっていうのか。僕はナツキ。ナツって呼んでね」
リオは先輩の後ろから、少し顔を出して人差し指を口に咥え、ちゅっちゅとしゃぶりだした。
「お前、子供好きなのか?」
「好きですよ。作れないから尚更、こういう機会は大事にしたいと思ってます」
リオは先輩に連れられ、ゆっくりと部屋に入っていく。
先輩が着替える姿を眺め、指をしゃぶりながら突っ立っている。
僕は、今日買って来たリンゴを剥き、皿に乗せテーブルに置いた。
「リンゴ、食べる?」
リオは少し笑って、りんごに手を伸ばし、シャリシャリとかじった。
着替え終わった先輩はリオの後ろにあぐらをかき、そのままリオを膝に乗せた。
「座って食べろ」
「リオってどんな字ですか?」
「お利口さんの利に桜」
「なるほど。もしかして、リオネル・メッシ意識しました?」
「した」
「やっぱり」と笑う。
「大きくなったら、メッシになるかー! 一緒にサッカーしような」とリオの頭を撫でると、柔らかい髪がさらっと揺れた。
ゆらゆらと涙を湛えた大きな目をパチパチさせながら、「ごはーん」と先輩の顔を見上げる。
「お腹すいた? じゃあ、ご飯作るね。何食べたい?」
小さな声で「おこさらまんち」
僕と先輩は顔を見合わせる。
「ん? もう一回言って」
「おこさらまんちー」と今度は大きな声で言った。
しばし、クエスチョンと対峙した僕と先輩。先輩より早く、僕はピンと来た!
「わかった! お子様ランチ!」
「あー、お子様ランチかー」
スッキリ謎が解けた僕たちは顔を見合わせて大笑い。
「おけーおけー! お子様ランチ作るね。ちょっと待っててな」
リオは通じた事が嬉しかったのか、笑顔を弾けさせ、まるでスイッチが入ったかのように急に動き出した。
「これなぁに?」と僕のヘッドフォンやゲームのコントローラーを弄り出す。
「触るな!」
と、先輩がめんどくさそうに取り上げる。
急に明かりが消えたような顔になるリオが可哀そうに思えた。
「別にいいですよ。全然問題ないんで、触らせてあげてください」
キッチンで、チキンライスの材料を刻みながら、先輩にそう声をかけた。
鶏肉、玉葱、ピーマンを細かく刻んで炊飯器に入れる。コンソメやケチャップも炊飯器に入れてスイッチオン。
一緒に炊き込んでしまえば、卵で包むだけでオムライスが完成する。
そして、お子様ランチと言えばハンバーグ!
冷蔵庫から合い挽き肉、玉ねぎを取り出した。
ついでに、コーンの水煮缶にツナ缶。どうにか材料はある。
まさか、僕がお子様ランチを作る事になるとは。
「何か手伝おうか」
と先輩の声が聞こえた。
僕は爪楊枝とキッチンペーパーを先輩に差し出した。
「旗作っておいてください。お子様ランチに刺さってるみたいなの」
「ああ、わかった」
先輩はアタフタしていたが、ペン立てから色ペンとハサミを取り出し、割と器用な手つきで旗を作り始めた。
ゲームのコントローラーを弄っていたリオは、先輩のその様子を興味津々に見守る。
リオはママに見捨てられたのかな? きっと不安でいっぱいなのかも知れない。そう思うと胸が痛んだが、僕にとっては、この上ない幸せだった。
「これでいいか?」
先輩が作った旗を僕の所へ持ってきた。
下手くそなアンパンマンの顔が書かれていて、ちょっと吹き出してしまったが、先輩は気付かない。
「上出来です。ありがとうございます」
笑いを堪えて受け取った。
◇
やがて出来上がった特製お子様ランチ。
ワンプレートに、ふわとろオムライスとハンバーグとツナサラダ。それに手作りのコーンスープ。
オムライスに先輩が作った旗を刺して、リオの前に運んだ。
「すごいなー。リオ、よかったな。美味しそうだな」
先輩は今日イチの笑顔を見せる。
リオは目を輝かせ、先輩の膝からお尻を滑らせると、サイドテーブルの前にちょこんと正座した。顔の前でぱちんと手を合わせ「いたらきます!」
大きく頭を前後させた後、グーで握ったスプーンでオムライスをすくった。
無駄に大きく開けた口いっぱいに頬張り「まいうー」とケチャップだらけの口を尖らせる。
「本領発揮してきたな」と先輩はリオを見つめ目尻を優しく下げた。
僕は、昼間仕込んでおいたサーモンのマリネを小皿に入れ、ビールと一緒に先輩の前に置いた。
「飲んでてくださいね。すぐご飯の準備しますね。先輩も今日はハンバーグでいいですか?」
「ああ、ありがとう」
本当はステーキを焼いてあげようと思っていたが予定変更。
キッチンで食事の準備をする僕の所に先輩がやって来て、こう言った。
「悪いな。迷惑かけて」
「何言ってるんですか? 僕、迷惑そうに見えます?」
「いや、すげぇ楽しそうに見える」
「すげぇ楽しいし、すげぇ幸せですよ。まさか先輩の息子にお子様ランチ作って食べさせる日が来るなんて。死んでもいいぐらい幸せです」
「あ、ありがとう」
ちらっと視界に入った先輩の顔はちょっと引きつっていた。
「引きました?」
「い、いや、引いてない」
「引いてますよね」
「……ちょっと引いた」
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