第2話 新境地
「あ! そうだ!!」
先輩が急に何かを思い出したように、僕の顔を指さした。
「なんですか?」
「俺さぁ、知り合いから、サッカーチームのコーチ頼まれたんだよ」
「へぇ! いいですね」
「うん。たださぁ、カテゴリーが……キッズ」
「キッズ?」
キッズと先輩は、この世で一番不自然な組み合わせだ。
「キッズって小学生以下ですよね。5歳ぐらいですか?」
僕の感覚では、サッカーを始められる年齢は5歳ぐらい。それ以下は話にならない。5歳でも話にはならないのだが……。
「いや……3歳から」
3歳?? 3歳と言えば、リオぐらいの子供だ。その子達にサッカーを教える。なんて夢みたいな話だ! でも、教えられるのか? 3歳にサッカーが理解できるのか?
先輩は続ける。
「お前、正式に仕事見つかるまででも、バイト感覚でやってみたら?」
「え! 僕が、ですか?」
「そう、俺は無理だけど、お前ならいけるかもと思って、先方に保留にしてもらってる」
断る理由はなかった。
僕は飲食店での仕事探しに難航していた。
ラーメン激戦区の町田は、飲食店の求人はラーメン屋かチェーンの牛丼屋。よくてファミレスか老人ホームの調理場。
僕は飲食店での就職に絶望し、専業主夫状態だったのだ。
「やってみようかな」
「そこスクールで、サッカーの英才教育してるらしいんだ」
先輩はそう言って、僕の胸を拳で叩いた。
「お前、いいと思うよ」
「やります!」
気が付いたら、僕はそう答えていた。
◇
先輩に紹介されたそのサッカースクールに、面接に出向いたのは週明けの月曜日。先輩は先方に電話で話を通しておいてくれた。
「こんにちはー」
広々とした運動公園の一角にある、ディベルトFCと言うサッカースクールの事務所を訪ねた。
「こんにちは! 井出さん?」
短髪で蛍光色のピステ、紺のぴったりジャージのいかにもスポーツマンという風貌の爽やかイケメンが、こちらに歩いて来た。
「はい。井出です」
「お! いい体格してるねぇ」
その爽やかイケメンは僕の肩をポンと叩いた。
「あ、ありがとうございます」
事務所はこぢんまりとしていて、爽やかイケメンの他には、数人の事務員らしき女性が書き物をしている。
「僕は西成大介。ディベルトFCの責任者をやっています。よろしく」と手を差し出した。
僕はその手に握手をした。
「井出夏輝です」
「こちらへどうぞ」
奥の扉に向かって歩く、西成さんに着いて行き、別室に入った。
西成さんは、黒いソファに腰かけるよう僕に促し「履歴書見せてもらっていい?」と、さも当たり前の流れかのように言った。
「え、あ、すいません。履歴書?」
僕は、先輩からここへ行けと言われただけで、履歴書が必要だなんて聞いてなかった。
「あ、持って来てない?」
西成さんはソファに腰かけ、そう大した事ではなさそうな表情を浮かべ、テーブルの下から書類を取り出した。
「すいません。すごーく軽い気持ちで来ちゃいました」
「了解了解。今度持って来てくれたらいいよ」
西成さんは可笑しそうに笑って、僕の前に書類をいくつか並べた。
「えっと、コーチの経験は?」
「いえ、ないです」
西成さんはにっこり笑って「うん」と頷いた。
「七瀬さんから聞いてると思うけど、担当してもらいたいのはアンダー4。3歳から4歳のクラス。子供は好きですか?」
「好きです」
僕は頬を緩ませながら即答する。
「あ、そうそう。七瀬さんとはどういったご関係?」
西成さんは、不思議そうに僕を見た。
「中高のサッカー部の先輩と、後輩です。西成さんはどうして先輩をご存知だったんですか?」
「え? だって、息子……、あ、リオがうちのチームに所属しているから」
「へ?」
僕の頭の中は混乱し、騒がしくなった。
「リオが……?」
「リオはアンダー4クラスのエースストライカーですよ」
西成さんは、冗談でも言うかのように笑っている。
先輩は確か、知り合いに頼まれて、とか何とか言っていたはずだ。リオがディベルトFCのエースストライカーだなんて聞いていない。
「あ、あはっ。なるほど」
僕は全然なるほどなんて納得していないけど、取り敢えず早くこの場から立ち去りたい。そして先輩に連絡して事情を聞きたかった。
「七瀬さんもサッカー経験者で、かなり実績をお持ちだから、是非お仕事の合間にでもチーム練習を見てもらえたらって相談したんですけど、今お忙しいみたいで、断られたんですよ。その代わり、いい奴がいますよって、七瀬さんからご紹介してもらったって言う経緯です」
僕はもう、そこら辺の話は耳に入っていない。
リオに会える!!
一緒にサッカーができる!!
西成さんは言った。
「急なんですが、早速、明日の練習からお願いできますか? 初日は僕が一緒に入ります」
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