ようこそ、ぐちゃぐちゃさんの家へ

瘴気領域@漫画化してます

ぐちゃぐちゃさんの家

 子供のころ、近所に「お化け屋敷」って言われる家はなかったかい?

 トタン屋根の空き家だったり、瓦も歯抜けになった平屋だったり、あるいは蔦で覆われた廃病院だったりといろいろな種類はあると思う。けど、たいていは「あった」だろう?


 ぼくの実家の近くにも、ご多分に漏れずお化け屋敷があった。

 呼び名は「ぐちゃぐちゃさんの家」。

 ぐちゃぐちゃさんの家は、よくある一軒家だ。まるでパソコン上でコピーアンドペーストしたような、日本全国どこでも見かける建売の家。


 ただ、普通と違うのはぐちゃぐちゃな落書きがされているところだ。

 小さな子どもがクレヨンをもって、画用紙にめちゃくちゃ塗りたくったような、そんな乱雑な落書きで壁も屋根も埋め尽くされていた。


 どういうわけだか、雨降りの日だけはぐちゃぐちゃさんの家は、ぐちゃぐちゃでなくなる。

 その代わり、今度は建物そのものが違って見える。ある日はトタン屋根の空き家だったり、ある日は瓦も歯抜けになった平屋だったり、ある日は蔦で覆われた廃病院だったりするんだ。


 たぶん、君んちの近くにあったお化け屋敷にそっくりになることもあったんじゃないかな?


 え、そんなのはわからないって?

 そうだよね、いちいち写真に残してたりするわけじゃないし。

 それじゃあ、君んちの近くにあったお化け屋敷のことを教えてくれないかな。


 ふむ、古ぼけた洋館。

 それはなかなかレアだねえ。小説や漫画ではよく見るけど、現実にはなかなかないよね。神戸とか、横浜とかそのへんかな?

 違う? 山奥なんだ。昔の大金持ちの別荘だと。


 ああ、たまにあるよね、そういうの。

 で、子孫が没落して維持できなくなって、ぼろぼろになっちゃうんだ。

 たいてい、土地の権利は続いてるから勝手に入っちゃダメだよ? 立派な不法侵入だからねえ。


 あ、やっぱり入っちゃったんだ。

 わかる、わかるよ。子どもには法律なんかよりも探検のほうがずっと大事だもん。

 ぼくだって、ぐちゃぐちゃさんの家は何度も探検したからね。雨の日はいつも違う様子になるから、すっごいスリリングだったよ。今風に言うとローグライクダンジョンみたいな。え、知らない? ほら、プレイするたびにダンジョンの形が変わるRPG……知らない。そうか、残念だな。


 ごめんごめん、話が逸れたね。

 で、洋館に入るとエントランスの真ん中に砕けたシャンデリアの残骸があって、それを避けながらぼろぼろの螺旋階段を上ったんだっけ? えっ、そこまでは話してないって? ごめんごめん、先走ったね。でもあってるんならいいじゃないか。


 それで、2階に上がって各部屋を探検しはじめたと。

 腐った蒲団の敷かれたキングサイズのベッドに、緑色の液体で満たされた水槽、すっかり赤錆びた西洋甲冑のイミテーション……。

 いいねいいね、雰囲気あるね。そのまま遊園地のお化け屋敷にできそうだ。


 それで、ある部屋で三面鏡を見つけた、と。

 奇妙なことに、板で打ちつけて鏡を開けないよう厳重に閉じられていた、と。

 いいねいいね、雰囲気あるね。ついでに御札なんかは貼られてなかった? 有刺鉄線で縛ってあったりは? あ、やっぱり。なるほどねえ。


 で、君は好奇心に負けて有刺鉄線を切り、木の板を剥がしたのか。

 ははは、ペンチにバールまで用意していたのか。君、空き巣の才能あるよ? ややや、ごめんごめん。冗談だ。怒らないでくれよ。


 それで、鏡を開いたら何があったんだい?

 少し錆びついた普通の鏡だった?

 いや、それはおかしいな。赤い口紅みたいなもので、ぐちゃぐちゃに塗りつぶされてなかったかい? ほら、ちゃんと思い出して。うんうん、そんな気もするって? そうそう、それが正しいんだよ。小さい頃の記憶だからね、間違っていても仕方がない。


 それで、君はこの落書きはなんだろうって気になって覗き込むんだ。

 窓は雨戸で閉じられていて、部屋は薄暗かったからね。敗れた壁の隙間から届くわずかな日差しが、ほこりっぽい部屋の中を細く伸びているだけだったんだ。


 落書きを観察していた君は、それに規則性があることに気がついた。

 ただ乱暴に塗られているわけじゃなくって、同じ文字列が何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も重ね書きされてることがわかったんだ。


 君はそれを解読しようと試みる。

 いや、解読なんて言うほど大袈裟じゃないな。

 たったのひらがな4文字なんだから。

 そこに書かれていたのはこれだ。


 ようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそ髪の長い女がようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそ赤いぐちゃぐちゃをかきわけてようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそ干からびた手をようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそ君に向かってまっすぐ伸ばしようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそ首筋に触れた指は氷のようでようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそ女の胸に抱きとめられようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそ体温も鼓動もないようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそだのに君は安らいでいるようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそようこそ


 ようこそ、ぐちゃぐちゃさんの家へ。


(了)

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