可愛い、ユキちゃん
柊
可愛い、ユキちゃん
私には、三つ下の妹がいます。
妹は何でも私の真似ばかり。私が持っているおもちゃを欲しがるなんてしょっちゅうで、大切にしないので決して貸しません。
妹が使うと、すぐに物が壊れてしまうのです。
先日は、勝手に持ち出した絵本が見事に鋏で紙切れ同然にされ、その前は人形の頭が落っこちました。しかも、壊した事を問い詰めると、逆ギレして家中破壊して暴れるので手がつけられません。
そんな事が当たり前なので、私は妹に何かを貸す事はありませんし、両親も理解しているので私を叱りません。
けれど、私が駄目だと言う度に癇癪を起こして泣き喚くので両親が新しい物を買い与えると言うのがいつものパターンです。
今回は、私が誕生日に買ってもらったウサギのぬいぐるみを欲しがりました。勿論貸しません。何をされるかわかったものでも無いので、用心の為、妹の手が届かない場所に位置も変えました。
手が届かない妹は、お決まりの大泣きです。
仕方なく、お母さんは妹と一緒に買い物へと行きました。
正直に言ってせこい手を使って、買って貰えるように誘導しているだけにしかみえません。
両親もそれをわかっているのですが、癇癪に付き合うのも疲れてしまったのでしょう。お金で解決できるのなら、楽と二人は簡単に買い与えてしまうのです。
正直、新しい物が買ってもらえる事が羨ましくて憂鬱にテレビを見て過ごしていると、妹が浮き足だってお母さんと一緒に帰ってきました。
私は、妹が大事そうに抱えている物をみてギョッとしました。私が持っているウサギのぬいぐるみとは似ても似つかない、不気味なまでに赤い着物を着た日本人形を抱いていたのです。
「見て!可愛いうさちゃん!」
妹は可愛いでしょ、と私の眼前までずいっと見せつけてきましたが、うさちゃんと言っても着物の裾の柄が兎なだけで、正直に言って気持ち悪いの一言です。
でも、そこで変な事を言ってへそを曲げられ、泣かれても困るので話を合わせて「可愛いね」と心にも無い事を言いました。
妹はお父さんにも、同じように見せびらかしていますが、お父さんは流石と言ったところで、妹の満面の笑みに合わせて、「可愛いな、良かったな」と大袈裟に妹の頭を撫でていました。
中々の演技派みたいです。
その後も、妹は人形が気に入ったのか一緒に寝たり、おままごとの相手役にしたり、出掛けるときもいつも一緒。
白いから『ユキちゃん』とご丁寧に名前までつけて可愛がりました。確かに肌は白いし、ユキちゃんという名前はよく似合うと思います。
けれど、日本人形独特の顔が、私には不気味でした。
堪らず、妹がいない時にこっそりお母さんに相談しました。
「ねえ、お母さん。何であの人形にしたの?」
「何の事?」
「ユキちゃん。なんか、気持ち悪い」
「何言ってるの、可愛いウサギじゃない。あんたのウサギにそっくりよ?」
その時のお母さんは、至って普通だったと思います。お父さんに聞いても、同じように白い可愛いウサギだと答えるのです。
私だけが、日本人形に見える。何とも不思議な現象でした。
それからも、妹は
不思議な事にユキちゃんで遊ぶようになってからと言うもの、妹の癇癪はピタリと無くなりました。私の物を欲しがる事もなければ、駄々もこねない。
お父さんもお母さんは、ユキちゃんのお陰で妹が物を大切にするようになったのだと喜びました。
良い子になった妹は、いつまでも、ユキちゃんを可愛がり続けました。
そう、妹は二十歳になった今でも、ユキちゃんと一緒です。
心穏やかにユキちゃんを腕に抱いて眠り、ユキちゃんと共に起床して、最近は出かける事が億劫なのか部屋に篭ってばかりですが、鼻歌まで歌って楽しそうです。
私が部屋を覗くと妹は目の下に大きなクマをこさえ、気怠そうながらにも、愛らしい笑顔をふるまき私に問いかけます。
「ねえ、ユキちゃん可愛いでしょ?」
そう言った妹の腕の中には、日本人形が抱かれています。着物の裾のウサギ柄は今でも可愛らしいと言えるでしょう。
「うん、可愛いよ」
私は今でも妹に嘘をつき続けています。
真実を告げても、きっと信じないと言うのもありますが、あの面倒な妹に戻るよりも、今の妹の方がよっぽど可愛げがあります。
両親の目に本当はユキちゃんがどう映っているのか、私は知りません。ユキちゃんが来た日から妹の様子が変わった事に気づいているはずです。
ですが、誰もユキちゃんについて口にする事はありません。
きっと、この先もずっと――
可愛い、ユキちゃん 柊 @Hi-ragi_000
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