第13話三日月 覚悟
僕たちは砂浜の手前で、自転車を降りた。
空に浮かぶ三日月が海の水に反射してゆらゆらと泳いでいる。
「ついた〜!」
咲真はカゴから荷物を取って、大きな声を出す。
周りは海と山だけで住宅地は少し遠いから、少しぐらい大きな声を出しても平気だ。
「咲真くんはやっぱり元気だね」
夏菜さんは咲真が声を出すのを見て微笑む。まるで子供を見る親の目線だったのがなんだかおもしろかった。
「冬夜くん、ありがとね。二人乗りしたの初めてだからすっごい楽しかった!」
彼女は自転車を降りて僕にお礼を言う。
「どういたしまして、僕も楽しかったよ」
一人分の重さが加わった自転車は、今までになくて新鮮な感じがした。
僕たちは砂浜を少し歩いて、波打ち際を行く。さざめきの音と海に乗ってやってくる風が僕たちと夜空を包み込む。
「うっわぁ、さっみぃな〜」
咲真はその風に体を震わせる。
「ね〜ほんとに寒いよね」
夏菜さんが咲真に同意する。だけど夏菜さんのほうが咲真より厚着をしている。
「言い出しっぺのくせに準備不足かよ……夏菜さんのほうが暖かそうな格好してんじゃん」
僕は咲真に向かって指摘する。
「まさか海の近くがこんなに寒いとは……」
咲真はまた体を震わせる。
「だが!俺は海に入るぜ!」
そう言って咲真は靴と靴下を脱いで海へ一直線に走っていく。
「ちょ、なにしてんだよ!」
僕は止めようとしたが間に合わず、咲真は海に足を踏み入れた。
足首まで海につかったその瞬間、咲真の体は固まった。
「お、おい咲真?」
僕は海に入らないギリギリのところで咲真に声をかける。
「冬夜〜冷たすぎる〜」
咲真はガタガタと歯を鳴らす。波が咲真の足にかかる。
「はぁ……当たり前だろ。早く上がってこいよ」
僕は呆れて、ありきたりな言葉しか出てこなかった。
そのやり取りを見ていた二人が、後ろで笑っているのが聞こえた。
「ほら、二人も呆れて笑っちゃってんじゃん。手出せ」
僕は咲真に向かって手をのばした。
「かかったな!」
咲真はニヤリと笑って僕の手を引っ張る。グイっと引っ張られた僕の体は抵抗する間もなく、バランスを崩す。
「おわっ!」
何とか全身が濡れるのは防げたが、足首あたりまでは海に入ってしまった。
「つめたっ!」
僕は急いで海から出る。靴の中に水が入ってピチャピチヤと音が聞こえる。
「咲真……」
僕は咲真のことをにらんだ。こんな冬の寒い日に海に入れられるなんて、たまったもんじゃない。
靴下も濡れて、気持ち悪い感触が足に残る。
「計画通り……なん……だけど、冬夜、怒ってる?」
咲真は僕の顔色を伺うように聞いてくる。
「そりゃ怒るだろ!替えの靴とか用意してないし」
海に行く準備なんて何もしてなかった僕が、替えを用意しているわけがない。
「ごめんって、流石にそれは考えてあるから怒んなって」
咲真はそう言って、持っていた荷物を僕に見せた。その中からタオルと靴と靴下を取り出す。
なんの荷物か気になっていたが、このためだったとは思ってもいなかった。
自分の上着は持ってこないくせに、変なところだけは用意がいい。
僕は彼女と夏菜さんをほったらかしにしているのに気づいた。二人の方を見ると楽しそうに笑っていた。
僕は咲真に視線を戻し
「とりあえずタオル貸してくれ」
と咲真からタオルを借りた。
女子二人の近くに行って、何話してたのと聞きながら足を拭いた。
「男の子の青春って感じがして見てて飽きないよねって。あと冬夜くんの反応が面白かったの」
彼女はいたずらな笑みを浮かべる。
「私も冬夜くんがあんな反応するんだって意外で面白くなっちゃった」
夏菜さんも僕が海に入ったときのことを思い出して笑った。
えぇ……とも思ったが二人が笑っているのを見て、さっきまでの怒りの感情が消えた。
「冬夜〜悪かったって。この靴と靴下履いていいからさ。たしかサイズ一緒だったよな」
と言ってその二つを僕の前に置いた。
「あぁ、うん。咲真って変なところで用意が良いよな。僕だけ海に入れる気だったの?」
タオルを咲真に返して聞いた。
「いや、みんな入れる気だったんだけど思ったより冷たかったし、夏菜さんと陽菜ちゃんの分の替え用意してねぇって思い出して冬夜だけにした」
咲真は淡々と答える。
それは僕だけにしておいて正解だった。
下手したら風邪ひくレベルだから二人にそんなことをしたら取り返しがつかない。
「やっぱし、こういうの楽しいね〜」
彼女は僕たちの様子を見てそう言った。まぁたしかに楽しいのは否定しない。
僕だって陽菜ちゃんと会わなかったらこんな青春はなかったかもしれない。
その後も僕たちは海辺で過ごした。
波の音を聞きながらいつもと違う景色の中、いつもと同じようなおしゃべりをする。
月の光が反射する海はきらきらと輝いている。冬の夜に来る海も案外悪くない。
「さて、じゃあそろそろ帰るか」
咲間がスマホの時計を見て言った。
「え~もう?もうちょっといたいな~」
彼女はほっぺたを膨らませ、不服そうな顔をする。
「ごめんな、陽菜ちゃん。時間守らないとあの看護師さんに怒られちゃうんだよ」
咲間は申し訳なさそうに答えた。連れ出す許可は貰ったけど時間制限をつけられていたのか。
「う~ん、そっか。山川さん怖いもんね」
彼女は名残惜しそうに海の方を見る。
「よし、じゃあ帰りもよろしくね冬夜君!」
彼女は振り向いて僕に笑顔を向けた。
「うん」
僕は頷いた。
背中にあるぬくもりがあと少しでなくなってしまう。そう思ったら涙が零れそうになった。
けれど僕は決めたんだ。彼女がその輝きを失うまで見届ける覚悟を。
夜空に月が満ちていくのにつれて、彼女の命は欠けていく。
それでも最後まで彼女が輝いていられるように。
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