第7話有明月 休日
みんなで病院に行った二日後の日曜日。僕は家で暇なお昼を過ごしている。
一応勉強はしなきゃだが、やる気が起きない。
両親は今日も仕事でいないから家に一人。
とりあえずお昼ごはんを食べようと、冷蔵庫の中を見る。
ひんやりとした風が、冷蔵庫の中から外に出てくる。
「あれ?食べ物入ってないじゃん」
冷蔵庫の中を全部開けたが、何も入っていなかった。
母さんも忙しくて、買い物に行く暇が無かったみたいだ。
「しょうがない……外に食べに行くか」
僕は自分の部屋に財布を取りに行き、上着を着て玄関を出た。
「何食べようかな……温かいものが良いよな」
吐き出された白い息は、冬の冷たい空気の中に溶けていく。僕は赤くなった自分の手の指先を擦る。
摩擦で少しだけ熱を持つが、すぐに冷たくなる。
「これがまさに焼け石に水ってやつなのかな」
状況が真反対なことわざが、頭に浮かんだ。
「意味としては間違ってないだろうけど、こういうときも使えるのかな」
僕が自問自答しているとファミレスが見えた。
「あそこでいっか」
僕はそのファミレスに入った。店内は暖房が効いていて、外との温度差で暑いくらいだった。
僕が受付のところに立っていると、何度か聞いたことのある声が聞こえてきた。
「冬夜君?」
待合スペースに座っていた夏菜さんだ。
「あれ?夏菜さん、偶然だね。一人?」
「うん。ひとりだよ。冬夜君は?」
僕は夏菜さんの隣に座る。隣の席に座るのは学校でも同じだからちょっと変な感じがした。
「僕も一人だよ。でも意外だったな夏菜さんってこういうところに一人で来るんだね」
友達に誘われたら付き合いで来るのかもしれない。けど、夏菜さんが一人でファミレスに来る想像が出来なかった。
「私だってファミレスぐらい来るよ。私のことどんな子だと思ってるの?」
夏菜さんは微笑みながら言った。
「あはは、ごめんごめん。こういうがやがやしたところには、あんまり来ないんじゃないかなって勝手に思ってたから」
僕は勝手な想像をしていたことを謝った。
彼女のイメージからはなかなか想像できない場面だったから、つい口にしてしまった。
「もお~そんなことないのに。そうだ、一緒に食べない?せっかく会えたんだし」
僕は夏菜さんにそう誘われた。特に断る理由もなかったし、一人で食べるよりはいいだろうと思って一緒に食べることにした。
席に案内されメニューを開く。
さっきまでは冬の寒い空気に充てられて温かいものが食べたかったが、店内の温度に慣れたせいかそこまでの欲が無くなってしまった。
夏菜さんは一生懸命メニューを見て悩んでいる。
「ふふっ」
僕は思わず笑みをこぼした。
「ん?どうしたの?」
夏菜さんはメニューから僕に視線を移す。
「いや、一生懸命選んでるな~って」
僕がそういうと夏菜さんは顔をメニューで隠した。なんでかなって思って僕は首を傾げたけど、そんなに気にするほどのことじゃない。
「そういう冬夜君は決まったの?」
メニューで顔を隠したまま聞いてきた。
「うん、僕はチーズハンバーグのセットにしようかなって思ってる」
チーズが乗ったハンバーグは定番でおいしい。特に僕はこういうファミレスのチーズ系が大好物だ。
「チーズハンバーグ、おいしいよね~。私はこっちのパスタにしようかな」
夏菜さんは顔を隠すのをやめてテーブルに置いて指さした。
夏菜さんが選んだのは、唐辛子の絵がついているピリ辛のパスタだった。
「夏菜さん辛いの食べるんだね。意外だ……」
思わずその言葉が口から出てしまった。
「冬夜君ってほんとに私のことどんな子だと思ってるの?店員さん呼ぶね」
夏菜さん少し口をとがらせながらそう言った。僕はうんと首を縦に振る。
店員さんに注文した後、ドリンクバーを取りに行こうと席を立つ。
この時間はドリンクバーが無料でつくみたいで、学生としてはありがたい。
「夏菜さんジュース何飲む?」
僕は夏菜さんの分も取ってくるつもりで聞いた。
「私も行くから大丈夫。何のジュースがあるか見たいしね」
といって夏菜さんも席を立った。
「そっか」
僕の後ろから夏菜さんもドリンクバーに向かう。
僕はグラスを二つ取って一つを夏菜さんに渡す。
「はい、夏菜さん」
夏菜さんはありがとうと言って、僕の手からグラスを受け取った。
手には少しの赤みが見えた。外が寒かったからだろう。
僕が何のドリンクを飲むか選んでいると夏菜さんが口を開き
「冬夜君ってさらっと何でもしてくれるよね」
僕は突然そんなことを言われ驚いた。
「え?何が?」
僕が夏菜さんに聞き返すと、夏菜さんは言葉を続けた。
「ドリンク取りに来るときも私の分まで取ってきてくれようとしたし、さっきもさりげなくグラス渡してくれたし、そういうことできるのってすごいなって思うよ」
僕の方を見て笑顔になる。
「そう……かな?」
自分では意識してやっているつもりはなかったから、それが普通だと思ってた。
「うん。人のことを気にできるって当たり前みたいになってるけど、それが実際にできる人って少ないと思うんだ。私もそうなりたいって思うけどなかなかできないんだよね。だから冬夜くんはすごいと思うんだ」
夏菜さんはジュースを注ぎながら言った。
「そんなに褒められると恥ずかしいな……」
僕は夏菜さんから見えないように顔を反らした。
この年になるとあまり面と向かって褒められることは少なくなってきたからちょっと照れ臭かった。
僕は彼女の視線を感じたが気づかないふりをした。
「先戻ってるね」
夏菜さんはそう言って席に戻っていった。
滅多にない経験をして顔が熱くなっているのが自分でもわかる。ましてやマドンナ的な存在の夏菜さんに言われて照れないわけもなかった。
僕はグラスに氷を入れてオレンジジュースを注ぐ。
冷たいグラスを持って、平常心を保ちながら席に座った。
「そういえば冬夜くんは陽菜ちゃんのところに毎日行ってるんだよね?」
夏菜さんはグラスを片手に聞いてきた。
「うん。行ってるよ。約束しちゃったからね」
僕がそう言うと夏菜さんはジュースを一口飲んで微笑んだ。
「そういうところが……」
何かを言いかけたとき
「お待たせしました!こちらチーズハンバーグのセットとピリ辛トウガラシのパスタになります!」
店員さんが料理を運んできてくれた。
「ありがとうございます」
僕は店員さんにお礼をいって、テーブルに置かれた料理を自分の前に持ってきた。
「はい、これ」
夏菜さんにフォークを渡し、自分の分も取った。
「あ、ありがとう、冬夜くん」
言葉を遮られた夏菜さんは、そう言ってパスタに目を向けた。遮られた夏菜さんの言葉は少し気になった。何を言おうとしたのか。
変な事、ではないのだろうけど続きは気になった。
だけど遮られた夏菜さんの言葉を、僕が聞くことは出来なかった。
僕らは料理を食べ終わり、店を出た。
今度は店内から外に出たから、凍えるような風が僕らを通り過ぎる。
海から吹いてくる風に夏菜さんは体を震わせる。
「寒いよね……やっぱり海が近いからかな」
僕は海がある方角を見ながら言った。
「そうだね。雪が降るほどじゃないけど風が冷たいね」
夏菜さんも同じ方を見て言った。
「そうだ、陽菜ちゃんがまた夏菜さんたちと話したいなって言ってたから、予定が合うときに咲真も誘ってまた行こうね」
昨日陽菜ちゃんが言っていたことを夏菜さんに伝えた。
「うん!近いうちにまた行くから、待っててって伝えておいて」
夏菜さんは笑顔でそう言った。僕の目に映るその笑顔に、別の感情が乗っかっているのを感じ取ることは出来なかった。
「じゃあまた明日」
そう言って夏菜さんと僕は反対方向に歩いていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます