第8話有明月 海の底
僕はその日の夜も彼女のいる病院に行った。
「やっほ!冬夜くん」
彼女は屋上で僕が来るのを待っていた。
手をヒラヒラと振り、僕に笑顔を向ける。
「やっほ、陽菜ちゃん」
僕は手を軽く上げて返事を返した。
僕が彼女の隣に行くと、彼女は両手で手すりを握りながら座り込んで唐突に僕のことを褒めた。
「冬夜くんって律儀だよね。休みの日も来てくれるし。私としてはすごい嬉しいんだけどね!」
「律儀って一ヶ月来るって約束だし、陽菜ちゃんも一ヶ月だけでいいから来てくれって僕にお願いしてたじゃん。あんなに言われたら来るよ」
僕は彼女の方を向きながら言った。
約束を守るのは普通のことだし、ここに来るのが特に嫌だと思ってない。
「そうだけど……それでも嘘ついて一日ぐらい行かなくてもいいやとかってならないの?」
目線は夜景に向けたまま僕に聞いてくる。
「う〜ん、ならないかな〜。正直、家にいるより、こうやって陽菜ちゃんと話をしている方が気が楽なんだ」
僕も夜景に視線を向けて答えた。
「ここに来たのも親とケンカしたからだし、家にいると空気が重くって嫌になるし」
さらに言葉を続ける僕。家の中にある暗い空気よりも、夜の闇が作り出す暗がりの方がよっぽど落ち着く気がしていた。
彼女は同じ姿勢でその言葉を聞く。その様子に少しの違和感を覚えた。
「大丈夫?」
僕は俯くようにしている彼女の顔を覗き込む。
「ん?なにが?」
彼女はやっと視線を僕に向けた。
「いや…なんか、いつもみたいな元気がないなって」
手すりを掴んで座り込んでいる彼女の顔色は、明かりが少なくてよく見えない。
「そんなことないよ〜。ほら!げんきだよ~」
手すりを掴む腕に力を入れて勢いをつけて立ち上がる。
「ふふっ、ほらね」
彼女は手を広げてアピールする。それが本当のようにも見えたけど強がりのようにも見えた。
「ならいいんだけど……」
僕が彼女に向けた視線を切るようにして彼女は言葉を繋いだ。
「それよりさ、面白い話ないの?冬夜君!」
「面白い話って話の振り方がだんだん雑になってきてるよ」
そういいながらも僕は彼女から振られた話を考える。
面白い話、彼女が聞いても面白いと思うようなことはここ最近起こっていないような気が…
「あぁ、そういえば今日、夏菜さんに会ったけど……」
今日のお昼のことを思い出して口にした。
「え?なんで?なんで?今日学校休みだったよね」
彼女が食いついてきた。
えさを求める鯉のようにグイっと僕の方へ足を進める。
そんな様子から彼女の大好物を与えてしまったのではないかと若干後悔した。
「お昼ご飯を食べようとして、たまたま入ったお店に夏菜さんがいたんだよ。それで一緒にご飯食べたんだ」
「うん!それでそれで?」
前のめりになる彼女の圧に押されて、僕は一歩下がった。
「そ、それだけだよ。ご飯食べたあとはすぐに分かれたし」
僕がそう言うと彼女は肩を落とした。
実際それ以上のこともそれ以下のことも起きていないし、ただ会ったって言うことだけしか話すことはなかった。
「え?何その反応?なんでがっかりしてるの?」
僕は彼女の反応を見て聞いた。彼女は下から僕の目を見上げた。
「冬夜君があまりにも何もしないから」
陽菜ちゃんはそう言ったが、僕はまだ意味が理解できていなかった。
僕の顔を見た彼女は言葉を続ける。
「夏菜ちゃんかわいいよね」
「うん」
僕は首を縦に振る。彼女の問いには即答できた。たぶん誰から見ても夏菜さんはかわいいだろう。
「夏菜ちゃんを彼女にしたいとか思わないの?」
彼女に聞かれて少し考える。
「どうだろうな~。夏菜さんはいい人だし優しい人だけど……」
彼女にしたいかと言われたら悩んでしまう。決して夏菜さんが悪いわけではない。ただ、何かが胸に引っかかる。
「え~?なんで悩むの?私が男ならあんなかわいい子、絶対彼女にしたいよ」
彼女の言葉に熱が入る。
「もしかして冬夜君、好きな人いるでしょ?!そうじゃなかったら説明付かないもん」
彼女は自分自身を無理やり納得させようとした。
そうでしょ、と僕に詰め寄ってくる。
「好きな人って言うか気になってる人はいるよ。多分迷うのはそれが原因」
僕はあの日の瞳を思い出して、彼女から視線を逸らす。
あの日見てしまった瞳に映る月の光には誰も勝てない。
「ほんとにいたんだ……」
彼女は目を見開いて一歩下がる。
「ほんとにいたんだって……陽菜ちゃんが問い詰めてきたのに驚かないでよ」
僕は軽く笑いながら彼女に言う。
「ごめんごめん。まさか本当だとは思わなくって。でも、気になる人ねぇ~」
そしていたずらをするときのような無邪気な笑みを僕に向ける。
「な、なに?」
グイグイと大きな壁が迫ってくるような感覚になって、僕はまた一歩下がる。
「どんな子?ねぇどんな子?」
一歩下がった僕に彼女は二歩近づいてくる。
「これ、言わないと開放されないやつだよね……」
僕は半ばあきらめながら少しの期待を込めて彼女に聞いた。
彼女は思いきり首を縦に振った。
「うん!」
僕は仕方なく話し始める。あの日に出会ってしまった君のことを
「えっとその子はね、太陽みたいに温かくて、笑顔が可愛くて、目がとってもキレイな子なんだ。多分、一目惚れだったのかも知れないな」
話してる間も彼女はニヤニヤしている。
「そっかぁ~一目惚れじゃしょうがないか〜」
自分で言って恥ずかしくなった僕は、彼女に背を向けて海の方を見た。
月は雲に遮られ、その光は海の底へと吸い込まれたように、暗い輝きとなっていく。
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