第9話新月の夜 暗闇
今日の夜空には月がなく、小さな光を放つ星たちだけがきらめいている。
僕はまた、いつものように病院へと向かった。ここ三日ほど彼女は元気が無いように思えた。
いや、元気が無いというよりか空元気だったのほうが正しいのだろうか。
なんだかずっと強がっているようなそんな様子。
僕は彼女のことを考えながら自転車を漕いでいた。夜風が体にあたるのを感じて、体が冷えていく。
月明かりのない田舎道は、僕を別の世界へと連れて行くような気がした。
暗闇が晴れたらまた、現実の世界へ引き戻される。
今あるこの時間は夢なのではないかと思えてしまう僕がいる。
病院に近づくに連れて、淡い光が漏れてくる。いつもなら白い壁が月明かりを反射しているのだが、今日はあいにく月が出ていない
受付の看護師さんはいつもの人とは違う人だった。
「どちら様ですか?お見舞いの時間はもう過ぎているのですが」
予想外の対応に少し驚いたが、悪いことをしているわけではないので堂々と接した。
「えっと……海野陽菜さんのお見舞いに来たんですけど、今日は入れないんですか?」
僕はそう言いながら、いつもの看護師さんはいないのかなと中の様子を軽く確認する。
「海野さんですか?今日はちょっと……」
受付の看護師さんは歯切れの悪いような感じで、視線を逸らす。
なんだろう?
僕がそう思っているといつもの看護師さんが階段から降りてきた。
「あ、陽菜ちゃんのお見舞いだよね。ちょっと待ってて」
看護師さんは受付の扉を開けて中に入る。
「ん〜と……あったあった」
受付の中にある机から入館証を取り出して、廊下に出てくる。
僕にそれを手渡すと優しい笑みを浮かべた。
「今日は病室の方だからついてきて」
そう言って、看護師さんは僕の前を歩き出した。
いつもの屋上ではなく病室というのが気になった。
「君は陽菜ちゃんの病気の事、どこまで知ってるの?」
看護師さんは前を歩きながら視線を向けずに聞いてきた。
「知ってるのは名前だけです。たしか、満月病」
僕は彼女からそれしか聞いていなかった。それしか聞かなかった。
「そう……それだけしか聞いてないのに毎日お見舞いに来てあげるなんて、君は変わり者だね」
看護師さんはふふっと笑いながら言った。
たしかに変わり者かもしれない。彼女の病気について僕は何も知らないし、知らなくてもいいと思ってた。
知ったところでやれることは変わらないと思っていたから。
「ここが陽菜ちゃんの病室だよ。帰るときはまた受付通ってね」
看護師さんは病室の前で立ち止まり、そう言った。
僕はお礼を言って看護師さんが見えなくなってから扉に手をかけた。
「陽菜ちゃん、入るね」
僕は一言言って、扉を開ける。屋上の扉とは違って重苦しい感じもなくすんなり開いた。
部屋の明かりは消されていて、外から入ってくる僅かな星の光だけが、彼女のベッドをかすかに照らす。
「陽菜ちゃん?」
ベッドに横たわる彼女の姿を目の当たりにして、僕は驚きを隠せなかった。
そこにいるのは確かに彼女。だけどいつものように明るい笑顔は持ち合わせていなくて、とある童話の姫のように静かに眠っている。
「陽菜ちゃん、今日も来たよ。そういう冗談やめて、屋上行こうよ」
僕はいつもと違う様子に動揺したが、あえていつも通り振る舞った。僕がいつものようにしていれば、彼女もいつもみたいに話し出すかもしれない。
そう思ったが時間が立っても、彼女が起きる気配は全くない。
屋上で話をしている時とは違って、病室はやけに静かだ。
言葉もなく、月の光さえもないうすぼんやりした空間に僕たち二人の鼓動だけがかすかに聞こえてくる。
僕は窓側にある椅子に座ろうと移動した。彼女を見降ろしているのはなんだか嫌な感じがした。
彼女と同じ目線でいたい。そう思ったからなのかもしれない。
椅子の上に手紙が置いてある。たぶん彼女が書いたものだろう。
誰に宛てて書いたものか分からないけど、椅子を使うにはこの手紙を移動させないと。
僕はその手紙を手に取り、棚のところに置こうとした。
その時ふと誰宛なのか気になってしまい、裏面を見てしまった。
そこには僕の名前が書いてあった。
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