第11話繊月 友達

 僕は昨日の手紙読んでから眠ることができなかった。


 自転車で走っている時も布団に入ってからも彼女の手紙のことしか考えられなかった。


 入ってきた情報量が僕の頭の限界値を超えていて、処理するのに時間がかかっている。


 原因不明で治療法もない。余命二か月の満月病。


 僕と出会ったのは一回目の満月。そして昨日は新月。


 それを考えると手紙にあったように、彼女の命はあと二週間。


 病院の前に来てみたけれど、屋上に行くのをためらっている僕がいる。


 あの手紙を見て彼女にどんな顔して会いに行けば分からなかった。


「冬夜」


 聞き慣れた声を掛けられ驚いた僕は、後ろを振り向く。


 背後に立っていたのは咲真だった。


「咲真……」


「なんて顔してんだよ、んな顔で陽菜ちゃんに会うつもりだったのかよ」


 僕の顔を見て咲真は軽口を叩く。僕はそんなひどい顔をしていたのか。


 咲真にでもわかるようだと相当ひどい顔なんだろう。そんな顔ならなおさら屋上に行くことができなくなってしまう。


「なんで…咲真がここに?」


 僕は純粋に咲真がここにいる理由を聞いた。


「はぁ……今日のお前朝から変だったんだよ。話しかけてもずっと上の空だし。んで、最近のおまえが悩む原因は陽菜ちゃん絡みかなって思ったんだよ」


 咲真は真剣な顔つきで言った。本当にこういうところは鋭くてかなわない。


「何があったのか話せよ。そんな顔されちゃ無視出来ねぇよ」


 咲真になら手紙のことを話してもいいと思った。上の空になっていた僕のことを気にかけてここまで来てくれたんだ。


 彼女も許してくれるだろう。


 僕は手紙の内容を話した。満月病、彼女の想い、僕一人で背負うには重たかった。


「余命があと二週間?マジか……」


 咲真も驚いた反応をしている。


「あぁ、だからどんな顔して会えばいいか分からなかったんだ」


 僕は今の心境を咲真に話す。


 あの日の気まぐれが僕の心をこんなにもかき乱すなんて考えてもいなかった。


 冷静な判断ができていない僕を咲真は見つめ、おもむろに口を開いた。


「でもよ、お前が出来るのは変わらねぇんじゃねぇのか?陽菜ちゃんの願いを聞いたのはお前だ。最後までやり通すのがお前の役目だろ?」


 咲真の言葉は僕の核心を突くものだった。


 僕は初めから気付いていた。一か月だけの友だちだなんて何か訳があると。


 だけど、気付かないふりをしていた。


 家にいたくない理由に彼女を使って、言い訳をしていた。


 見たくないもの、知りたくないものには蓋をして気付かないふりをしておけば、僕に傷はつかない。


 でもそれももう終わりだ。彼女の手紙を見てしまったら、彼女の想いを知ってしまったら僕も答えるしかない。


「咲真、ありがとう」


「あぁ、行ってこい」


「咲真は?」


「俺はいかないよ。今日は二人の話だろ?」


 咲真は僕を送り出す。僕を励ますためだけにここまで来てくれた。僕はいい友達を持った。


 いつものように入り口から入っていつもの看護師さんに声をかける。


「今日も病室に行ってあげて」


 看護師さんに言われ、僕は彼女の病室に向かう。


 病室の前に来て立ち止まると僕の足が震えているのに気が付いた。


 彼女に向ける顔は今のままでいいのだろうか。態度は、雰囲気は……考え出すときりが無くなってしまった。


 僕は目を瞑ってさっきの咲真の言葉を思い出した。


 そうだ。やれることは変わらない。変えられないんだ。なら、僕が出来る最大限のことを。


 コンコンとドアをノックする。


「どうぞ」


 か細い声が聞こえる。


「陽菜ちゃん、入るね」


 僕はドアを開ける。


 間接照明がついた薄暗い病室に小さな光が差し込む。


「冬夜くん。来て……くれたんだ」


 窓の外を見ていた彼女は、こちらに振り返って笑みを浮かべる。


「うん、来たよ」


 僕もまた彼女に向かって笑みを浮かべる。この顔であっているだろうか。いや、もう考えるのはやめだ。


 僕の想いをただそこに乗せればいい。


「こっち来て、イスあるよ」


 彼女は手招きをして僕を呼ぶ。僕は呼ばれるがままに、彼女の方へと向かった。


 なんだか弱弱しく思えるその声が僕の耳に入るたびに辛くなっていく。


 僕は彼女が指さした窓際にある椅子に座った。


 そして少しの間、微かな月明かりと沈黙が病室を包み込む。


「手紙……読んでくれたよね」


「うん、読んだよ」


 僕は静かに頷く。


「それでも来てくれたんだ」


 彼女は優しく笑う。いつものまぶしい笑顔とはちがう月のような笑顔。


「うん。約束だったから」


 僕は彼女にそう言った。


「約束……か……。やっぱり冬夜くんは律儀だよね」


 彼女は悲しげな笑顔に変わる。


「昨日まではね」


 僕は彼女の方をまっすぐ向いて言う。


「え?」


「今日は、今日からは、ちゃんと陽菜ちゃんの友達として会いに来る」


 真剣な眼差しで言葉を続ける。


 だってあの日ここに来るのを決めたのは僕だから。


 あの日君に言われて友達になると決めたのは僕だから。


「陽菜ちゃんの悔いが残らないように、僕は陽菜ちゃんと同じ時間を過ごしたい」


 彼女は何も言わずに僕を見る。


「だからさ、陽菜ちゃん。あと二週間僕と一緒に過ごしてください」


 僕はその言葉とともに頭を下げた。


 彼女が僕の言葉を聞いてどんな顔をしているのか分からない。


 少しの沈黙の後


「ふっ……あっははは、なにそれ。プロポーズみたいじゃん!」


 彼女はいつもの太陽みたいな笑顔に変わる。


 やっぱり君にはそっちのほうがよく似合う。


「こちらこそ、よろしくおねがいします」


 彼女は笑ったまま頭を下げた。


 寂しい笑顔じゃなくて彼女のまぶしい笑顔が見れて、僕は嬉しかった。


「それじゃあさ、今日は何話す?」


 視線を僕に戻した彼女に聞かれた。


「そうだな〜。今日は……」


 命の灯火が消えるその日まで、僕は彼女との約束を守る。


 だって僕が好きになった人だから……

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